連載「暗号と暗号史」
【第5回】機械式暗号機の傑作~エニグマ登場~
極論すれば、第1次世界大戦は英国やフランスに「暗号で」敗北したと言えるドイツ。彼らが戦後に手にした暗号機「エニグマ」は、映画にもなるほど有名になった。
19世紀まで手作業で行っていた暗号作成・復号は20世紀に入ると機械化していった。その機械式暗号機の中でも傑作と言われたエニグマ。第5回は、中央大学の辻井重男教授が所有する実機をもとに、エニグマの誕生から仕組みを徹底解剖する。
エニグマの仕組み
エニグマは、「スクランブラー」と呼ばれる歯車の組み合わせでできた鍵が決め手だ。暗号文を作る際は、最初にスクランブラーの位置をセットする。
その後、送りたい平文をキーボードで打つと、スクランブラーを経由して変換された暗号アルファベットがランプボードに点灯する。これが暗号アルファベットとなる。続けて2文字目を入力すると、歯車も連動して動き、対応した暗号アルファベットが打ち出されていく、という仕組みだ。
辻井教授が所有する写真のエニグマは、第2次世界大戦頃よりスイス軍が使用していた「NEMA」と呼ばれるもので、ドイツが使用していた「エニグマ」とは別物。しかし、第2次世界大戦時にドイツ軍が主に使っていたエニグマは、スクランブラーの数が3個~5個。これはスクランブラーが10個あるので、改良型と言ってよい。
今回は、「NEMA」を使って暗号文を元に戻す方法を解説する。
暗号文「RLIN」
が送られてきたら、まずは鍵となるスクランブラーの位置を合わせる。今回は、全てアルファベットの「O」にセット。その後、「RLIN」を順番に打っていくと、暗号化とは逆の手順で、ランプボードに平文が表示される。
平文「CHUO」(中央)を受け取ることができた。
入力から出力まで、機械の中がどのようになっているかを簡単に説明すると、図のようになる。
図、エニグマの入力から出力までの簡単な流れ |
キーボードを押すと、まず1番目のスクランブラーが別のアルファベットに変換する。これを10回通過した電流は、リフレクターと呼ばれ、電流をさらに別の文字に入れ替える反射板に当たって、10番目のスクランブラーから1番目まで戻り、結果がランプで点灯される。同じ鍵であれば、「R」が「C」に、「C」が「R」と、1対になる仕組みになっている。
エニグマ誕生の経緯
中央大学研究開発機構の藤田亮氏によれば、エニグマは1918年、ドイツのアルトゥール・シェルビウス(1878年~1929年)によって発明された。
シェルビウスは同様の特許を1919年に取得していたフーゴ・コッホから買い取り、手軽に携行できて機密性が高い暗号機として売り出した。販売当初は、当のドイツ軍が第1次大戦時の暗号を解読されていた事実を知らず、暗号強化に対する意識が低かったこともあり、エニグマは見向きもされなかった(第4回参照)。1台あたり約200~300万円という価格設定も、暗号に対する危機感の薄いドイツ軍が手を出さない要因になった。
しかし、第1次世界大戦時に英国によって暗号が解読されていた事実が判明すると、ドイツ軍はエニグマ採用を決定。続いてドイツ政府や国営鉄道なども採用し、3万台以上を販売する結果となった。
ヒトラーが政権を握った後、ドイツ軍はエニグマの改良を施す。5個あるスクランブラーの中から3個を選んで組み合わせたり、3個しか設置できなかったスクランブラーを最大5個まで設置可能にしたりなどの手を加えた。
エニグマが注目されたのは、当事者以外の解読の困難さである。
スクランブラーが5個あれば、
・スクランブラーの並び替え
・スクランブラーの位置
・プラグボード*の配線
以上のパターンを組み合わせると、鍵を解くのはほぼ不可能となる。
ドイツ軍が絶対の信頼を寄せていた「エニグマ」だが、やはりこれで作成された暗号も解読される運命となる。次回はコンピュータの誕生にも一役買った、エニグマを解読していく連合国の様子を紹介する。
過去の連載
暗号と暗号史【第4回】無線の登場と情報戦~第1次世界大戦の暗号解読~(2011/6/16)
暗号と暗号史【第3回】暗号史の中の日本~戦国時代の「上杉暗号」~(2011/5/19)
【関連カテゴリ】
注釈
*プラグボード
ドイツ軍が使用していたエニグマに施された、キーボードと1番目のスクランブラーとの間をつなぐ配線。変換パターンを増やす目的で作られた。「A」のプラグから「B」につなげば、1番目のスクランブラーには「B」として入力されることになる。