連載「暗号と暗号史」

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2011/6/16

【第4回】無線の登場と情報戦~第1次世界大戦の暗号解読~

飛行機・戦車・毒ガスなど、新兵器が大規模に使用されたことでも知られる第1次世界大戦(1914年~1918年)。

 通信も重要な役割を果たした。電信もさることながら、19世紀に発明された無線通信は、受信機を持っていれば、どこでも通信が可能である一方、誰でも傍受することが可能となるという機密上の問題点もあった。「暗号と暗号史」第4回では、ドイツが使用した暗号を、傍受・解読していた英国を中心とする連合国の実態を紹介する。

開戦直後に海底ケーブルを切断した英国

 1914年6月、セルビア人青年がオーストリア皇太子夫妻を暗殺した「サラエボ事件」に端を発した第1次世界大戦。英国はドイツへ宣戦布告したその日のうちに、ドイツの海底ケーブルを切断した。


 これによりドイツは海外との通信を、無線か英国経由の国際ケーブルで行わなければならず、必然的に通信の暗号化を迫られることになる。一方の英国は、傍受した電信を通称「40号室」と呼ばれる海軍省暗号局に回し、無線や英国を経由する電信を通してドイツの暗号解析に励んだ。40号室の成果として上げられるのが「ツィンマーマン電報」の解読である。


「40号室」とツィンマーマン電報

ワシントンからメキシコのドイツ大使へ送られたツィンマーマン電報
ワシントンからメキシコのドイツ大使へ送られたツィンマーマン電報

 大戦中にドイツ外相に就任したツィンマーマン(1864年~1940年)は、メキシコに米国を攻撃させ、米国がヨーロッパ戦線の介入まで手が回らないようにする、という構想を立てていた。


 この案は電報でワシントンのドイツ大使館経由でメキシコに送られた。文書は「0075」と呼ばれるコードで暗号化されていた。これを傍受した英国「40号室」は早速この電報の解析にかかる。ツィンマーマンの使用した暗号は、過去に解読した同じパターンの暗号文などと照らし合わされて解析された。


 この内容を公表して米国の参戦を促したかった英国であったが、そのまま報告すれば米国の通信を傍受・解析していることも判明してしまう。また、暗号を解読されたドイツは、より強力な暗号の作成に取り掛かる恐れがある。


 これを避けるため、英国はドイツ大使館からメキシコ宛に送った「平文」のツィンマーマン電報を入手する。メキシコの電報を渡された米国は1917年、ドイツに対して宣戦布告、大戦に参戦した。


 上記の隠ぺい工作を行っていた英国海軍省情報部長のウィリアム・ホールは、ツィンマーマン電報の件が明るみになってから「これほどまでの重要な通信を解読できず残念」と新聞にコメントし、米国宛の通信傍受をしていた事実を知られないよう、しらを切った。


 一方のドイツは、ツィンマーマンが電報送信の事実を認めた上、米国へ電報が渡った経緯を「メキシコ側に漏洩の責任がある」と結論付けるなど、ホールの思惑通りの展開を見せた。


ADFGX暗号

 他にドイツが使用した暗号では、「ADFGX」と呼ばれているものがある。大戦も終盤に差し掛かった1918年に使われ始めた有名な暗号だ。ADFGX暗号は、フランスの陸軍中尉ジョルジュ・パンヴァン(1886年~1980年)が3週間、寝ずの番で取り組み、解読に至った。パンヴァンはADFGX暗号を、図のような座標で決められた暗号であることを突き止め、解読に至った。

ADFGX暗号とADFGVX暗号の表。アルファベットを並べ替えれば「鍵」のパターンが増える
ADFGX暗号とADFGVX暗号の表。アルファベットを並べ替えれば「鍵」のパターンが増える

 この暗号、表記のアルファベットだけを使用したもので、後に「V」が加えられて数字も表記されるようになる。


ADFGVX暗号の暗号文が

VF FV DD DX FG DA FF DF DA

であれば、平文は

6 j i s h u g o u(6時集合)

となる。前回紹介した「上杉暗号」(第3回参照)と仕組みは同じである。この文字が選ばれたのは、モールス信号で送る際に最も判別がしやすかったからだという。


様々な暗号が生まれた


 通信の発達により、暗号の解読や作成がこれまで以上に活発に行われたのも第1次世界大戦の特徴だ。「ワンタイムパッド」が誕生したのもその1つだ。


 例えば、ヴィジュネル暗号(第2回参照)で平文を暗号にするための鍵(ランダムな文字列、平文と同じ長さ)に記したパッド(はぎ取り式のメモ)を送信者・受信者がそれぞれ持ち、1回使った鍵は二度と使わない(ワンタイム)という「使い捨ての鍵」である。


 しかし、鍵を使い捨てるために膨大な量の鍵を作成しなければならず、加えて戦場で使うには司令部と前線で膨大な量の鍵を配らなければならない手間もあり、実際に使用するのは不可能であった。


 第1次大戦後、これまで手作業だった暗号作成を機械が担うようになる。次回は、第1次大戦で敗れたドイツが手にした、最高傑作と言われる暗号機「エニグマ」を紹介する。

(中西 啓)

>>暗号と暗号史【第5回】へ


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