連載「人間VSコンピュータ 10番勝負!」

2013/5/2

チェス対決・第2回 スペイン生まれの「エル・アヘドレシスタ」

「コンピュータと人間、一体どちらが強いのか?」「人間を絶対的に凌ぐことは可能なのか…?」――。誰しもが持つ好奇心を満たすべく、これまで様々な研究と対決が繰り広げられてきた。現在も続く勝負の行方を、チェス、将棋、囲碁などのボードゲームでの歴史からたどることにしてみる。

 第2回は初めて本格的な機械仕掛けのチェスマシン、「エル・アヘドレシスタ」を紹介する。

オールマイティの発明家だったトーレス

 18世紀に「チェスを指す人形」として造られたオートマトン(自動人形)「ターク」は、観客を完全に騙しきったマジックショー。機械自体は精巧にできていたものの、内部から人が動かす仕掛けであった。


 タークが生まれてから約140年後の1911年(1912年とも)、電気を利用した“まともな”機械がヨーロッパで登場する。「エル・アヘドレシスタ」である。生みの親はスペインの発明家、レオナルド・トーレス・ケベードだ。


 トーレスは飛行船やロープウェーの設計、解析機関など、幅広い分野で実績を残している。ロープウェーの設計では、ケーブルを複数通すことでより安全性を高めたものを作り、カナダのナイアガラ川に建設した。ナイアガラの滝からやや上流に設置されたロープウェーは「スパニッシュ・エアロ・カー」として1916年に営業を開始、修理を重ねて現在も観光に使われている。


ようやく登場した本物のチェスマシン

 チェス機械「エル・アヘドレシスタ」も、トーレスが生み出した数多くの発明品の1つである。ただ、使用される駒は、人間側が黒のキング、機械側が白のキングとルークのみ。


 チェスのキングは将棋の王将と同じく、全ての方向に1マス動くことができ、ルークは飛車と同じく、縦と横へ自由に動ける。要するに「人間が置いた黒のキングを詰んでいく」という、チェスの終盤戦しか再現できないが、れっきとした機械仕掛けのものだ。


 チェス盤に人間が黒のキングをボードに置くと、駒の電気回路で状況を判断し、条件に合わせて白のルークかキングが備え付けのアームで自動的に動いていく寸法だ。人間のキングがチェック状態になると、レコードの音声「Check to the king」が流れる、というユニークな仕掛け。人間側がキングをルール以外の場所に置くと、警告ランプが点灯する。


 エル・アヘドレシスタに設計されていた条件はどんなものだったのか。アメリカで刊行されていたコンピュータ月刊誌「BYTE」に掲載されたものによると、以下の通りである。

エル・アヘドレシスタの探索方法
(クリックすると拡大します)
終盤戦のみを扱ったエル・アヘドレシスタの探索方法 雑誌「BYTE」の記事をもとに作成
(クリックすると拡大します)

 このように、駒の動きのパターンを設定して、物理的な信号で判断して動かしていた。トーレスは9年後の1920年、息子のゴンザロとともに2台目の「エル・アヘドレシスタ」も制作。こちらは、アームを使わず、磁石による駒の移動方法を採用したものだが、動きのアルゴリズムは同じだ。


機械からコンピュータへ

 エル・アヘドレシスタがメディアへ取り上げられたのは1915年、科学雑誌「サイエンティフィック・アメリカン」上でのこと。チェス機械を含めた発明の中で、トーレスが追い求めていたのは技術の限界でどこまでできるのか、ということだった。


 人間が「どこに駒を動かそうか」という判断をする時、ある程度はロジカルに考えるものの、その大部分は無意識(いわゆる勘)のものである。これを機械に行わせるためには、上図の探索木のように「キングがマスAにいる場合、お互いのキングの距離が…の時、ルークはBに移動する」といったはっきりとした指定が必要になる。このような組み合わせをチェスで再現するには、1911年、明治末期の当時では「合計3駒での終盤戦」が限界だったということだろう。


 こうしたエル・アヘドレシスタの設計思想の源泉は、19世紀のイギリスの数学者、チャールズ・バベッジが考案した解析機関をもとにして作られたという。「コンピュータの基礎理論」を築いたと言われるバベッジの夢は、プログラムによって、複雑な計算ができる装置を作り上げることだった。「エル・アヘドレシスタ」はその夢の実現に一歩近づいた機械であったと言える。


 トーレスはスペイン内戦が勃発した1936年にこの世を去る。コンピュータが本格的に活躍するのは第2次世界大戦が終了してからのことだ。

(中西 啓)

>>チェスマシン「ディープ・ブルー」の誕生前夜


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