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日欧の産官学が情報の国際共有とセキュリティを議論

 ネットワークやソフトウェア、コンテンツなど情報関連分野の研究・教育に取り組む大学共同利用機関法人 国立情報学研究所(以下NII)は2009年9月30日、「社会イノベーションを誘発する情報システムに関する国際ワークショップ2009」を開催した。

 独フライブルク大学およびオーストリア・ウィーン工科大学とで共催されたこのワークショップには、両大学をはじめ日本とヨーロッパの大学・研究機関・企業から情報学の研究者が多数登壇。国の枠を超えたグローバルな情報共有や研究開発のほか、ヨーロッパを中心とした情報システムやセキュリティの最新事情について講演が行われた。

 最初に登壇した国立国会図書館長の長尾真氏は、「相互理解が最良の安全保障」と題した基調講演の中で、グローバルな情報共有を行う際に「まずお互いの歴史や文化を理解することが大切」とし、相手を理解しようとする心、コミュニケーションの重要性を強調した。だがそれには、「言葉の壁が大きな障害になっている」という。
「言葉の壁を越えたグローバルな相互理解が最も確実な安全保障」と語る長尾真氏
「言葉の壁を越えたグローバルな相互理解が最も確実な安全保障」と語る長尾真氏
 同氏はその解決への具体的な取り組みとして、京都大学による機械翻訳システムの研究や情報信頼性チェックシステムの開発、UNESCO(国際連合教育科学文化機関)主導の文化遺産紹介サイト「ワールド・デジタル・ライブラリ」への国会図書館による協力などを紹介。「世界が戦争せず相互協力し平和な世界を作っていくためには、民族間の相互理解を深めていくこと。これが最も確実な安全保障である」と語り、コミュニケーションによりお互いを理解し信頼関係を構築することが、情報の信頼性を高め安全な社会の実現に繋がるとの認識を示している。

 NII顧問の安西祐一郎氏は慶応義塾前塾長という立場から、「SOI(School On Internet)アジア」や「グローバル・デジタル・スタジオ」といった、大学等の教育研究機関における国際的な知識共有に向けた活動と役割について言及した。

 「SOIアジア」とは、人口衛星を用いたワイヤレスなインターネット環境を通じ、東南アジアの13カ国27大学が連携して、様々な講義をリアルタイム配信もしくはアーカイブ化・共有する、いわば“バーチャルかつグローバルなデジタルキャンパス”のこと。「グローバル・デジタル・スタジオ」ではさらに、標準化されたコミュニケーションスポットを持つ世界各国の教育研究機関が自由に相互通信を行い、知識や研究成果を高品質なデジタルコンテンツとして配信・利用可能なシステムを構築している。
安西祐一郎氏は教育研究機関における国際交流の意義を課題解決と人材育成に位置付ける
安西祐一郎氏は教育研究機関における国際交流の意義を課題解決と人材育成に位置付ける
 しかもこれらのプロジェクトは、単に遠隔教育やオンライン上の教育交流手段となるだけではない。「SOIアジア」においてはインドネシア・スマトラ島沖地震の津波被害に対し復興支援とそのノウハウ提供が行われるなど、国際的な課題を具体的かつ現実的に解決するための情報基盤として、また学生をグローバルな視野を持つ人材に育てる場として世界規模で活用されていることを、安西氏はその意義として強く訴えている。

 しかし同氏によれば、こうした教育研究機関における知識や研究成果の国際共有を進める上で、著作権法と情報セキュリティの国際的な整備が不可欠だが、現状では各国間の違いや格差、温度差は少なくない。例えばある論文が著作権者の許可なしにアップロード/ダウンロードされ、その著作権者とWEBマスター、サーバとユーザの国籍が全て異なった場合、現状では法的判断の基準のみならず裁判を管轄する国すらもはっきりしないという。

 こうした問題へのEU(欧州連合)における対策として、EU駐日欧州委員会代表部科学技術部長のバーバラ・ローデ氏は、「95/46/EC指令」と呼ばれる法的枠組みを紹介。EU加盟国間においてはこの枠組みに基づき、プライバシー保護を担保した上で個人データの自由な移動を可能とし、EU加盟国内から第三国へ個人データを移転する場合は、その第三国が十分なレベルのプライバシー保護を行っているかが事前に評価されることを説明した。

 また、ウィーン工科大学のトーマス・ミューク教授は、オーストリアにおける国際的な情報共有に向けた取り組みの1つとして、EHR導入プロジェクト「ELGA(エルガ Elektronische Gesundheitsakte)」を挙げた。
トーマス・ミューク氏はELGA導入による医療分野への経済効果と情報セキュリティ上の課題を説明
トーマス・ミューク氏はELGA導入による医療分野への経済効果と情報セキュリティ上の課題を説明
 同国でのGDPに占める医療費の割合は、1960年の3.1%から2006年には8.8%へ増大しており、米ガートナー社の調査では2020年に15%へ急増すると予測されている。

 ミューク氏はこの医療費急増を「受け入れられるような数字ではない」とした上で、EU主要国同士でのEHR導入による診療情報共有のメリットを説明。外来患者の待ち時間短縮(約300万ユーロ相当)、入院患者全体の入院日数低減(900万日)、さらには処方箋ミス等による医療事故の回避(外来では500万件。入院患者では10万件、入院日数70万日)を可能とし、結果として医療費の劇的削減(約37億ユーロ相当)にも繋がると主張した。

 同時に、EHRによるプライバシー侵害や診療情報の乱用・悪用に対する懸念がEU内で根強いことに言及。EHR導入においては情報共有とプライバシー保護、情報の透明性確保を両立し医療の効率化と医学分野の研究を促進するため、国際的なオープン規格、具体的にはISO/IEC 27000シリーズに準拠した情報セキュリティマネジメントシステムを構築することが重要だとした。

 他方でフライブルク大学CIOのゲルハルト・シュナイダー教授は、「8年ほど前から情報通信技術が積極的に利用され始めたことで、誰もの生活が管理され、また様々なデータの相関を取ることが可能となり、もはや個人の匿名性はなくなってしまった」と断言する。
「データ増大に伴う情報セキュリティ低下に対応した国際法が必要」とゲルハルト・シュナイダー氏
「データ増大に伴う情報セキュリティ低下に対応した国際法が必要」とゲルハルト・シュナイダー氏
 その具体例として同氏は、顔認識技術を用いて写真共有サイト「flickr(フリッカー)」上の写真に偶然映った個人の居場所を特定できること、郵便番号と誕生日・性別の3つだけでアメリカ人の80%を特定可能なこと、政府がSNSを犯罪者の特定に利用する一方で英国情報局秘密情報部長官のデータがその妻の過失により、米国を中心に展開するSNS「Facebook(フェイスブック)」へ流出していることなどを列挙した。

 シュナイダー氏はさらに、このような現状に対し「データが増えれば増えるほど、国境の中にそのデータを留めることが難しくなり、その個人の情報セキュリティレベルは下がっていく」と語り、データ保存のあり方にまで踏み込んだ国際法整備の必要性を説いている。

 情報通信技術を用いた国際的な情報共有は、国境や言葉の壁を越えた相互理解・協力を促進し様々な分野における課題解決の基盤となるものの、その前提として著作権やプライバシーの保護、情報セキュリティの確立についても国際規模での取り組みが必要不可欠となる。そのことを日本はもちろんヨーロッパの側からも、具体的事例を通じて参加者に強く訴えかける貴重なワークショップとなった。

国立情報学研究所のホームページはこちら



※この講演とセキュリティプラットフォームは一切関係ありません。




注釈

*:EHR
Electronic Health Record。電子的健康記録。1個人の医療・健康記録を生涯にわたって電子的に記録する。紙のカルテと異なり、ネットワークに接続できる環境ならばいつでも見ることができるため、救急医療や地域の複数病院にわたる治療などに応用できる。日本では厚生労働省などにより、レセプト(医療報酬請求書)と定期的な健康診断の記録を集めた「日本版EHR」が計画されている。


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