日科技連が「ソフトウェア品質シンポジウム2009」を開催:イベント・セミナーレポート:HH News & Reports:ハミングヘッズ

ITをもっと身近に。新しい形のネットメディア

- Home > コラム > イベント・セミナーレポート > 日科技連が「ソフトウェア品質シンポジウム2009」を開催
 コラムトップページ
 インタビュー記事 ▼
 イベント・セミナーレポート ▼
公認会計士松澤大之
内部統制で変革すべき
は“個人の意識”
(動画あり)

セミナーレポート
日科技連が「ソフトウェア品質シンポジウム2009」を開催

 PCやモバイル端末、大規模なネットワークは言うに及ばず、近年では家電や玩具などありとあらゆる製品にソフトウェアが用いられている。その一方で、ソフトウェアの不具合に端を発するトラブルや社会問題は決して少なくない。ではそうした問題を解決するため、ソフトウェアの開発に携わる人々や組織はどうあるべきなのか――。

 品質管理を中心として、信頼性やコストマネジメントなど科学的な経営管理技術の研究・普及を行う文部科学省所管の財団法人日本科学技術連盟(日科技連)は2009年9月10日~11日、「ソフトウェア品質シンポジウム2009」を開催した。

 日科技連ではソフトウェア品質の継続的な向上を目的に、ソフトウェア品質管理技術の研究とその実践的な方法論の確立・普及を推進するSQiP(Software Quality Profession)活動を展開、研究会やセミナーを数多く実施している。同シンポジウムはその一環として年1回、1981年より毎年開催されているものだ。
革新性とリスク管理とのバランスに配慮したソフトウェア品質向上の重要性を説くマーク・C・ポーク氏
革新性とリスク管理とのバランスに配慮したソフトウェア品質向上の重要性を説くマーク・C・ポーク氏
 初日には「SW-CMM(ソフトウェア能力成熟度モデル)」や「ISO/IEC 15504:2」といったソフトウェア開発プロセスのフレームワーク制定に中心的役割を果たした、米カーネギーメロン大学シニアシステムサイエンティストのマーク・C・ポーク氏が来日し基調講演を行った。
 同氏はソフトウェアの重大な欠陥によってユーザが負った損害の責任をメーカーや販売会社に与える「ソフトウェア契約法」の制定に、米国の各企業が揃って反対したことに言及。「これまでのスタイルは“ソフトウェアの利用によって生じた損害に対して弊社は責任を持ちません”というものだったが、このようなユーザを突き放すスタイルはここ数年の間で徐々に受け入れられなくなってきている」とし、“ユーザとの関係”、つまり市場全体ではなく顧客自身の満足度を重視し信頼性の高いソフトウェアを提供することと、そのためのフレームワークを導入することの重要性を説いた。
「品質向上による顧客満足と開発者満足の両立こそ真の品質保証」と訴える保田勝通氏
「品質向上による顧客満足と開発者満足の両立こそ真の品質保証」と訴える保田勝通氏
 続く個別セッションの1つでは、つくば国際大学産業社会学部産業情報学科の保田勝通(やすだかつゆき)教授が、「顧客満足と開発者満足を両立するためのソフトウェア品質保証」というテーマで講演した。

 保田氏は演題にある“品質”を顧客満足、“品質保証”を「顧客が満足する品質を保証するための組織的、体系的な活動」と定義。品質保証におけるソフトウェア特有の問題として品質不良、具体的にはバグ(プログラム上の誤り・不良)の存在が目に見えず、そのためソフトウェア開発者が「バグを当たり前に発生するものと認識している」と指摘している。
 その上で同氏は「テストでバグを漏れなく除去する努力は必要だが、それ以前にまずバグを作り込まない努力をしなければならない」と強調。テストよりもレビュー(設計検証)、レビューよりも設計の段階で作り込みを行うよう開発者に意識付けることが品質をより向上させ、ニーズを満たした顧客の満足、ひいてはソフトウェア開発の成功による開発者自身の満足にも結び付くことを訴えた。
林義正氏は「明確な目標とチャンスを与えれば学生たちは社会人以上のポテンシャルを発揮する」と語る
林義正氏は「明確な目標とチャンスを与えれば学生たちは社会人以上のポテンシャルを発揮する」と語る
 2日目の特別講演では、研究室の学生らと共に専用のレーシングカーを独自開発し2008年6月のル・マン24時間レースに参戦した、東海大学総合科学技術研究所特任教授の林義正氏が登壇した。

 同氏は「座学中心の大学教育が学生から工学への興味と、現実的な課題解決策を導き出す能力を奪った」としながら、社会に出て即戦力となる人材の育成を目指して自動車メーカーのエンジン設計者から東海大学教授へ転身し、同レースへ学生と共に参戦した経緯やエピソードを紹介。人材育成上のポイントとして「単に図面を引くだけでは面白くないが、何か作るもの、つまり明確な目標とチャンスを与えれば学生たちは喜んで取り組み、社会人以上のポテンシャルを発揮するようになる」と自身の経験を語った。

 林氏はさらに、学生たちがレースという極限の世界を通じ、“ものづくり”に伴う責任の重さと時間の大切さ、追い詰められた人間の深層心理を知り、センシティビティを磨いていったことを、ル・マン24時間レース参戦による人材育成の成果に挙げている。

 シンポジウムの最後を飾るパネルディスカッションでは、ソフトウェア品質を支える技術者や管理者、組織が抱える問題点について、パネリスト同士はもちろん会場に集まった参加者とも活発な議論が繰り広げられた。

 電気通信大学電気通信学部システム工学科の講師、西康晴氏は「ソフトウェア品質シンポジウムに来ている会社の人たちにアンケートを取ってみても、『自分の会社の品質保証部門は、きちんと人材育成ができている』という人はほぼゼロ」と率直に語る。

 その本質的な原因について同氏は、「当の品質保証部門自身が品質保証技術の整理・棚卸しができていない。そして品質保証を何のために行うのかを理解せず、戦略も存在しないまま有名な技術に飛びついている」と一刀両断した。
西康晴氏はシンポジウムに参加する企業の品質保証部門が抱える問題点と解決策を鋭く突いた
西康晴氏はシンポジウムに参加する企業の品質保証部門が抱える問題点と解決策を鋭く突いた
 また、参加者から「開発部門と品質保証部門の健全なあり方はどのようなものか? 両者はとかく対立しがちで、『開発部門の方が上』という印象を抱いている当事者が多い」という問いがあったのに対して、構造計画研究所会長の富野壽(とみのひさし)氏は「品質保証部門が存在しても出荷決定権が開発部門にあり、結果として品質より出荷が優先されてしまうことが多い」と問題点を指摘した。
 これに関連して西氏は「『対立したところで、お客さんの満足度に繋がるのか』という顧客志向、それから品質保証部門が出荷を認めないのに開発部門が出荷しようとしている場合は『品質保証ができていないソフトを出荷して、技術者として納得できるのか、そして次も同じことをするのか』という長期的・持続的成長志向に問いかけてみることである」と答えながら、「しかしこれらは短期的なテクニックに過ぎない」と注意を促す。

 続けて同氏は「本質的には“ものづくり”をする組織が最終的に目指す方向性は同じであり、それぞれの立ち位置が違うだけということをお互いに認識し、また知識を共有しお互いの能力を尊敬しあうことで、対立の悪循環から脱却しなければならない」と、これら問題の解決策を示している。

 品質の可視化が困難な点や、開発部門と対立するケースが少なくないなど特有の問題は存在するものの、ソフトウェア開発も“ものづくり”という点では他の製造業と本質的な違いはない。また品質を高める上で必要な人と組織のあり方も“顧客重視”と“全員参加”、“技術者としての誇りと責任感”という点で共通しており、品質向上こそが他の製造業同様に日本のソフトウェア産業を発展に導くということを、ソフトウェア開発以外の事例紹介も数多く含んだ講演から示唆するシンポジウムとなった。


日本科学技術連盟のホームページはこちら



※この講演とセキュリティプラットフォームは一切関係ありません。




注釈

*:ル・マン24時間レース
仏サルト県ル・マン市で毎年6月中旬に開催される、世界最高峰の耐久レース。常設の「ブガッティサーキット」と公道とを組み合わせた1周13.629kmの「サルトサーキット」で、24時間の総周回数を争う。東海大学は2008年のレースにおいて初参戦ながら予選を通過。決勝では185周、約3/4を走行した時点で変速機のトラブルによりリタイアした。


お問い合わせ

  コラムトップページへ▲