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生命科学分野によるデータベース利用を産官学が提案

 「統合データベースプロジェクト」シンポジウム実行委員会は、2009年6月12日東京大学本郷キャンパスで「データベースが拓くこれからのライフサイエンス」を開催した。

主に製薬関係者・研究者が集い、データベースの可能性に注目した
主に製薬関係者・研究者が集い、データベースの可能性に注目した
 製薬開発や毒性研究などに必要な生物情報や実験結果がインターネット上で気軽に利用できる「統合データベース」の構築が、現在文部科学省によって推進されている。
 また次世代シークエンサー*1の登場によりゲノム解析速度は革新的に向上し、ライフサイエンス分野の情報量は爆発的に増えた。かつてヒトゲノムの解析には17年の歳月がかかったが、現在ではわずか3か月程度で解析が終了するほど速度があがっているため、「統合データベース」といった情報基盤による膨大な情報の整理は必須の課題と言える。

 東京大学大学院新領域創成科学研究科 情報生命科学専攻の森下真一教授は、「かつてヒトゲノムは“誰か”のものしか摘出できなかった。しかし解析速度の上昇により『家族の病歴』や『薬の効能』、『酒の下戸・上戸』といった個人差とゲノムの関係性まで調査できる」とし、ゲノム情報解析の進化を語った。

 また独立行政法人医薬基盤研究所基盤的研究部の山田弘氏は、特にゲノム情報の中でも毒性に関する「トキシコゲノミクス*2」のデータベースに集積・結果共有を提案した。
 新薬の開発には10~15年もの年月が必要である。特に研究と動物を使った非臨床試験には多くの時間が割かれており、大きな負担となっていた。さらに「開発が始まった新薬のうち承認まで至るのは5000件から1万件に1つ程度」(同氏)と開発の困難さを指摘し、時間短縮と生産性の向上を課題としていた。
 ところが、あらかじめ「毒性の情報」や「メカニズム」などをデータベースに蓄積し、その結果を引用すれば、実験・検証を省略しつつ安全性を高い精度で予測し、生産性を向上させることができる。
 山田氏は「今後、さらにデータを登録することで安全性の予測精度の向上を図り、研究支援ツールとして新薬の開発に貢献したい」と語った。

「40万種のうち解析されている植物は10%程度にすぎない」と斉藤氏は語る
「40万種のうち解析されている植物は10%程度にすぎない」と斉藤氏は語る
 独立行政法人理化学研究所 植物科学研究センターグループディレクターで千葉大学大学院薬学研院教授の斉藤和季氏は、実際に集めた情報の利用方法として、細胞の代謝物の解析から植物の生態などを解析する「植物メタボロミクス*3 」研究への応用を提案した。
 医薬品の50%は天然成分であり、食物においても植物は大きなウェイトを占めるが、地球上にある多くの植物種の化学成分や活性については、利用も解析もされていない。そのため植物科学の最先端「植物メタボロミクス研究」では、植物が持つ未知遺伝子の解析を進めることで、食糧不足や健康増進などの社会問題を解決できるとしている。
 しかし植物メタボロミクスが「代謝物分析」「バイオインフォマティクス*4」「ゲノム生物学*5」という3つの異なる要素が絡むため、その研究促進には膨大なデータが必要となる。同氏は「データベースの有効利用こそ研究推進の鍵である」として、データベースからの知識発見や仮設生成作業などのサポートといった利用への可能性を示唆した。

 このように公開されたデータベースの開設は、様々な研究で活用しやすいという利点がある。一方で、データ提供側にリターンがなくなるため、良質なデータほど提供されにくくなるという問題点も存在する。

これからのデータベース運用について激論が交わされた
これからのデータベース運用について激論が交わされた
 「個人や研究室がデータを提供しない事態」について、文部科学省研究振興局ライフサイエンス課長の菱山豊氏はパネルディスカッションで「法律でデータ提出を義務付けてほしいという方もいるが、強制的に供出させるのでは良質なデータが作られなくなる」とし、立法化による研究者の士気低下を懸念。「喜んでデータを提供したくなるような環境を、科学者の側からも整えていく必要がある」と締めくくった。


 ライフサイエンスは非常に難解な研究分野ながら、その成果は食糧や医療などの身近な社会問題を解決するうえで有効な手段となる可能性を秘めている。今後も同分野と「統合データベースプロジェクト」の動向に注目していきたい。


文部科学省委託研究開発事業 「統合データベースプロジェクト」

統合データベースプロジェクトシンポジウム


※この講演とセキュリティプラットフォームは一切関係ありません。



注釈

*1:次世代シークエンサー
ゲノム解析に利用されている回路。シークエンサーを利用し、高速でゲノムを解析するコンピュータのこと。

*2:トキシコゲノミクス
毒性ゲノム学。臨床試験による副作用・毒物反応やラット実験の結果などから導き出される、遺伝子レベルでの毒性反応やメカニズムを解析・予測する学問。

*3:メタボロミクス
細胞内の代謝物を「メタボローム」の解析を行う学問。

*4:バイオインフォマティクス
生物情報学。ゲノムなどの生物情報を数学・情報学・統計学などを用いて解析する学問。

*5:ゲノム生物学
ゲノムの働きと生物の関係を調査する学問。


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