セミナーレポート

人間のように思考するコンピュータの可能性

国立情報学研究所主催のシンポジウムを取材

2014/10/16

 国立情報学研究所は、市民講座「未来を紡ぐ情報学」を2014年8月27日に開催した。脳の活動に関する計測やシミュレーションについて、同研究所の研究員が解説。人間のように思考できるコンピュータをつくることができるのか、その可能性に触れた。

市民講座は関心の高さもあって満席になるほどの人気だった
市民講座は関心の高さもあって満席になるほどの人気だった

人工知能の目覚ましい成果


 国立情報学研究所 情報学プリンシプル研究系助教の小林亮太氏は、講演の冒頭で人工知能について言及した。人工知能は、人間と同様の知能を実現させる技術だ。1997年にはIBMのスーパーコンピュータのディープ・ブルーがチェスのプロに勝利するというトピックスがあった。これは、コンピュータが、自分の打ち手を全て書き出して、勝つ可能性が一番大きくなる手を打っていったというものだった。


 人工知能の活躍が目覚ましい一方、コンピュータで脳機能を実現させることができないかという研究も行われている。そのためには、まず脳活動を計測する手法が重要となる。脳は、視覚野、運動野などのように、多くの領野(りょうや)でできている。その領野は1mm大の微小回路と呼ばれるものでできており、その微小回路も0.01mm大の神経細胞から成る。脳や領野のマクロな電気活動はfMRIや脳波計で計測する。一方、神経細胞のミクロな電気活動を計測するには、神経細胞に電極を入れることで、神経細胞が発するスパイクと呼ばれるパルス(電気信号)を記録する手法を使う。ただ、これは脳を傷つけるという欠点があるという。


脳活動のシミュレーション


 神経細胞は他の神経細胞からの電気信号を、スパイクというパルス信号に変えて他の神経細胞に送るという仕組みをもつ。小林氏によると、数理モデルを用いて神経細胞の電気活動をコンピュータ上に再現する研究が進んでいるという。また、神経細胞と同様に、神経細胞同士をつなぐ「シナプス」に関しても数理モデルを開発する研究が進んでいる。こうしたモデルを組み合わせることによって、脳全体の活動のシミュレーションを目指すというわけだ。

国立情報学研究所 情報学プリンシパル研究系助教 小林亮太氏
国立情報学研究所 情報学プリンシパル研究系助教 小林亮太氏

 しかし、脳全体のシミュレーションといっても、そう簡単にはいかない。そもそも、ヒトの脳には、1000億個もの神経細胞や、1000兆個ものシナプスが存在しており、それぞれの振る舞いを把握するのは困難だ。


 今のコンピュータの技術で人の脳をシミュレーションする技術は存在していない。人の脳の1%だけでも、神経細胞は10億個、シナプスは10兆個も存在する。スパコン「京」をつかい、脳内で起こっていることの1秒をシミュレーションするだけで、40分もの時間がかかるという。


 ただ、このコンピュータの計算能力は格段の進歩を遂げている。この20年でほぼ10万倍となっており、4年ごとに10倍上がっている。そのため、「12年後には全脳のシミュレーションが可能になるかもしれない」(小林氏)とのことだ。


今後の展望


 こうした脳活動の測定に関する研究には今後どのような展望があるのだろうか。小林氏は、計測データの解析により脳・精神疾患の診断への応用が期待できると話す。脳波のデータを活用することにより、アルツハイマー病の早期診断に応用できる可能性があるという。


 欧米ではすでに、脳活動の計測、シミュレーション研究への大型投資が始まっている。例えば、米国では、脳活動の計測プロジェクト「BRAIN Initiative」に年間300億円が投じられているとのこと。そのため今後10年間で脳の計測が進んでいくのは確実だ。しかし、その分、計測データも増加する。米国の研究者のデータ量は年間数千億ギガバイトにも上るという。こうしたなか、小林氏は今後ビッグデータの活用技術が重要になっていくと指摘している。


 小林氏は最後に、神経細胞やシナプスの数理モデルを作り、それをスパコンなどで計算する技術は必要不可欠と述べた。そのうえで「科学技術の急速な発展により、遠くない将来、ヒトの脳の全体のシミュレーションができる時代がやってくるかもしれない」と説明。この技術の医療分野への応用も大いに期待できるとした。


 スパコンをはじめ、計測技術の進歩は目覚ましく、コンピュータを用いて脳活動の仕組みを解き明かす可能性が、十分期待できると感じられた講演だった。

(山下雄太郎)

【セミナーデータ】

イベント名
:国立情報学研究所市民講座・未来を紡ぐ情報学
 「人間のように思考するコンピュータは作れるのか」
主催   
:国立情報学研究所
開催日  
:2014年8月27日
開催場所 
:国立情報学研究所(東京都千代田区)

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