セミナーレポート

スパコン「京」の創薬・医療に関する利用

「京」の利用開始を待ち望む「民」との連携

2012/2/13

 世界一の計算速度を誇るコンピュータ「京」。京が完成した暁には、様々な利用方法が考えられている。その内、創薬に関する膨大な計算をシミュレーションしたり、生命の複雑性・多様性を正確に理解するための大規模なデータ解析を行う「予測する生命科学・医療および創薬基盤」分野。この分野に関する講演が2012年1月25日東京国際フォーラムで行われた。

生命や創薬に関する計算はコンピュータとともに発展してきた
生命や創薬に関する計算はコンピュータとともに発展してきた

京の性能と可能性


 2009年、民主党が行った「事業仕分け」でスパコン京に関する様々な議論が起きたことは記憶に新しい方も多いだろう。一時は計画が凍結した「京」の事業を再開するため、ただ高い性能を求める以外に「利用者本位の開発」への切り替えが求められた。


 京は、地球の気象変化などのシミュレーションに目的を絞られたスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」と異なり、明確な用途が決められていない汎用型の計算機である。そのため多様にある可能性の中で、京を効率的に利用するためHPCI(革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ)が構築された。現在、HPCIにより特にスパコン利用が有用とされる5分野が定められている。


 大阪大学主催の元、今回行われた『第2回京速コンピュータ「京」と創薬・医療の産学連携セミナー』は、5分野のうちの1つ「予測する生命科学・医療および創薬基盤」分野の京利用に関して「学」側が「産」側からの要望を吸い上げる目的で開催された。


 横浜市立大学大学院生命システム科学研究科の木寺詔紀教授は、多様で複雑な「生命」について計算機を使って法則を見出す「計算生命科学」について講演した。生命に関する法則は、医療行為や薬品がどのような効果を及ぼすかの予測に大きく貢献するため、重要視されている。しかし他の分野の法則に比べて、生命の法則は複雑であり、1つの法則を見つけだすにも大変な労苦を伴うという。さらには見つけ出した法則の仕組みを解明して予測するとなると、さらに難易度が上がってくる。


 例えば、細胞がある種の刺激により自動的に別の細胞に変化する「細胞分化」という現象がある。細胞分化は、最初の刺激により「骨になる」「脂肪になる」など変化の最終形が決まってしまう「法則」が通説だ。しかし詳しく調べていく中で、そうでない細胞が見つかってきている。


 何故「法則」に当てはまらない分化をするのか。このような生命の法則に関する謎を解明するには、1万分の1秒から年単位の「時間」、分子1つから1人の人間までの「空間」といった幅広い「階層」をまたいだ、膨大な組み合わせについてシミュレートする必要がでてくる。「生命は高次元の存在。計算で、完全に生命を理解し正確な予測するためには京のようなスパコンのリソースが不可欠」と木寺氏は生命の法則を見つけ出す困難さを説明した。

4つの戦略課題の概要
同分野ではさらに4つの課題を定めて、研究を進めている。今回は2つ目「創薬応用シミュレーション」に関する講演が多かった。講演資料より一部表現を変えて抜粋

「民」側の要望


 セミナーの後半には民間製薬会社からの講演があった。製薬企業は膨大な組み合わせをコンピュータによりシミュレートして創薬を行っている。しかしどの企業からも挙がったのは「圧倒的な計算機リソースの不足」だ。創薬のプロセスへ効率的にシミュレーション結果を反映していくためには、大規模な検証が必要であり「現状は、計算リソースの圧倒的不足がボトルネック」(第一三共 主任研究員の中尾直樹氏)になっている。


 また薬作りは化合物を設計して効果を測定するという作業を何度も繰り返す。そのために計算だけに多くの時間をかけることはできない。現実的な時間としては「注文すれば1日、2日で答えが返ってくるようなものが望ましい」(塩野義製薬 先端創薬推進部門長 辻下英樹氏)という意見が出ており、この速度はスパコンでなくては実現ができない。製薬業界においてのスパコン利用はもはや必須の域まで来ていると言える。


 しかし利用に関してもまだ課題がある。製薬会社はPCの専門家ではないため、高度なスパコンを利用するといっても容易ではない。「企業が利用しやすい利用形態の整備、セキュアな実施環境、有償ソフトも含んで、ソフトウェアベンダーも巻き込んだ環境が整備されていってほしい」(中尾氏)という要望も出ており、使いやすいインターフェイスの開発や、あるいは仲介する人材育成なども必要になってくるだろう。


 どの現場からも共通して挙がったのは「この分野は情報量が多く、単純に計算力が高いものが必要」という声だった。そして求められる計算力の高さは、すでに京の様なスパコンでなくては実用に堪えないレベルまで来ている。医療と創薬は国民の生活レベルに直結する重大な事業のため、早急な対応を望みたい。

(井上宇紀)

【セミナーデータ】

イベント名
:第2回京速コンピュータ「京」と創薬・医療の産学連携セミナー
主催   
:大阪大学大学院基礎工学研究科
開催日  
:2012年1月25日
開催場所 
:東京国際フォーラム(東京都千代田区)

【関連カテゴリ】

IT政策