築地市場
~魚河岸移転の歴史400年~
マグロのセリ見学など「魚河岸」として有名な東京都中央区の築地市場は、大正時代まで日本橋にあった。その歴史は400年前の江戸時代にさかのぼる。日本橋から築地への移転の経緯や築地の様子をたどっていく。
ページ下部の番外編映像・築地の3代目が教える魚の選び方も必見!
[動画の見どころ]
余った魚を売り始めたのが始まり
江戸時代、徳川家康は大坂・佃の漁師を呼び寄せ、漁業の特権を与えるとともに、魚を江戸城へ献上させた。漁師たちが江戸城へ納めた魚の余りを日本橋で売り始めたのが魚河岸の始まりと言われている。
関東大震災で築地に移転、そして豊洲へ
大正時代には日本橋魚河岸の移転計画が持ち上がる。当初は反対する声があったが、関東大震災の発生で魚河岸は壊滅状態に。当時の東京市が海軍省の土地を借り受けて臨時の市場を開設したのが、築地市場の始まりだ。1935(昭和10)年、現在の市場が完成する。
東京都は、80年近く経過した築地市場の老朽化や、大量の荷捌きができる市場の必要性から、2014年をめどに豊洲に新市場を建設する予定だ。
番外編
1分でナットク!賢い「サカナ」の選び方
今回インタビューを受けてくださった、築地で3代続く仲卸業者の生田さんに、魚の選び方を伺う!
過去の動画
東京都中央区・佃島にある住吉神社。江戸時代、徳川家康に招かれた 佃村の漁師たちとともにやってきた。
日本一の繁華街・銀座。その地名は銀貨をつくる貨幣鋳造 施設「銀座」に由来するものだった。銀座の地名に迫った。
人口激減時代。ところがこの人口減少は、1970年代に国策として計画していた結果だという。



