銀座 地名の由来
~貨幣制度の根幹をなした地
日本一の繁華街である東京・銀座。明治期に文明開化の象徴として発展し、戦争や震災を経て、今の姿になった銀座。江戸の貨幣制度の説明を交えながら、その地名の由来を追いかけてみた。
[動画の見どころ]
貨幣鋳造施設「銀座」に由来
銀座という地名は、1612年に貨幣鋳造施設「銀座」が現在銀座のある場所に移転したことに端を発している。都市研究家の岡本哲志氏にそのいきさつを伺った。
江戸の貨幣制度「三貨制度」とは
江戸時代は、戦国期以前の貨幣制度を統一した、金貨・銀貨・銭貨で成り立つ「三貨制度」が確立されていた。なかでも銀貨は秤で量って金貨と交換するなど重要な役割を占めていた。当時の貨幣制度を覗いてみた。
銀座の地名決定と繁華街への発展
貨幣鋳造施設「銀座」は1800年に日本橋蠣殻町に移転するものの、明治2年に銀座が地名として正式に採用されることになった。
(山下雄太郎)
過去の動画
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人口激減時代。ところがこの人口減少は、1970年代に国策として計画していた結果だという。
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変わる寺院の役割(2011/2/21)
7万6000軒から6000軒への激減が予測される寺院。予測の背景にあるものは。激流の中にある寺院の役割を追う。
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昭和21年4月、越中島付近の海底から金塊が引揚げられた。戦後の事件史に登場する「M資金」のきっかけを紹介。
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