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2013/5/23

理化学研究所

概要

 理化学研究所(理研)は、スパコン「京」の開発から遺伝子研究、光学研究、細胞の培養・配布を行うなど、幅広い分野での総合研究所として機能している。過去にはノーベル賞を受賞した湯川秀樹など、数多くの著名な研究者を輩出した。


 創設は大正期、研究者で実業家の高峰譲吉が日本での科学研究所設立を呼びかけたのがきっかけだ。これに実業家の渋沢栄一などが加わり、帝国議会への請願をした結果、1917(大正6)年、財団法人として設立された。


理研グループの形成


 1924年、研究員の高橋克己がタラの肝油からビタミンAを抽出することに成功し、日本で初めてビタミンAを販売した。その後も理研の研究費調達のため、アルミニウムを加工するアルマイトを利用した食器、ピストンリングなど、研究成果をもとにした製品を製造・販売する企業を多数設立。


 1930年代には63の企業、121の工場を持つ「理研産業団」(理研コンツェルンとも)を形成した。当時の財閥と肩を並べるほどの巨大コンツェルンになったのである。現在もリコー、リケン、理研ビタミンなど、理研産業団の流れをくんだ企業が多数ある。


 終戦から2年後の1947年、GHQによる過度経済力集中排除法、いわゆる「財閥解体指令」によって三井、住友などの財閥とともに理研産業団も解体される。翌1948年には理研も解散、一民間企業「株式会社科学研究所」として再起した。ただ、民間企業としての研究所運営は経営難が続き、株式会社として3度の解散と設立を繰り返す。


 1950年代後半、当時の自民党政調会長・三木武夫や官房長官の愛知揆一ら政治家へ特殊法人化を働きかけた結果、1958年に「理化学研究所法案」が国会を通過。特殊法人理化学研究所としてスタートを切る。以降、2003年には独立行政法人へ移行してから現在まで、政府の交付金をメインにした運営が行われている。

スパコン「京」 提供:理研
スパコン「京」 提供:理研

スパコン「京」と理研


 理研が注目を集めたのは、2011年に計算速度世界一を達成したスーパーコンピュータ「京」だろう。


 民主党政権時の事業仕分けで「2位じゃダメなんでしょうか」という指摘を受け、予算は一時凍結。良くも悪くも全国から注目が集まり、当時のプロジェクトリーダーだった渡辺貞氏は「『これは失敗したら大変なことになる』と思いましたね」と語っている。


 現在の「京」は、外部の研究者の様々なシミュレーションをサポートしている。災害時の都市被害や避難行動のシミュレーション、人間の神経構造のシミュレーションを通じた病気の治療法など、多岐にわたる。


 ほかにも、ゲノム(遺伝子情報)解析、脳科学などの様々な研究が日本各地の拠点で行われている。約900億円の予算規模がある理研から、今後どのような成果が出されるのか。注目したいところである。

(中西 啓)

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