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渡辺 努 一橋大学経済研究所教授に聞く
経済学的見地からの“業務データ”分析

一橋大学経済研究所教授
渡辺 努
経済学的見地からの“業務データ”分析

 POSシステム、オンライントレーディングの導入をはじめ、企業の経済活動における詳細かつ膨大な業務データの取得が可能になった昨今。これらを経済学の分野において活用し、経済現象の実証に活用しようという試みが行われている。経済学者であり、ミクロデータを用いた研究を行っている、一橋大学経済研究所の渡辺努教授にお話をうかがった。

研究における業務データへの着目

―渡辺先生は、物価決定メカニズムや金融政策の最適ルールといった、マクロ経済学をご専門とされていますが、その研究において業務データに着目されたきっかけは何だったのでしょうか。

渡辺氏 マクロ経済学とは、ご存じのように一国の経済を俯瞰した視野で、大きな流れでの経済潮流を捉え議論する学問です。ここ20~30年の間、我々マクロ経済学者が目指したこととは、大きな経済の動き(=GDP国内総生産や消費者物価指数の変動)を、その底にある細かな経済の動き(=企業や個人の経済活動)という視点から説明できないかということでした。

 「マクロ経済学のミクロ的基礎」と言うのですが、どういったミクロの基礎からマクロの現象を捉えることができるか、当初は理論だけで終始していました。しかし2004年前後からその理論を、実際行われた経済活動における取引データで検証し始めました。理論モデルでの現象が、現実に起きているのかどうか確認しようとしたのですね。同時期、欧米やヨーロッパでも同じような動きが生まれました。
ある県の仕入れ・販売ネットワークの様子
ある県の建設関連の仕入れ・販売のネットワークの様子
鉄鋼卸売業、土木工事業等、企業がどのようなネットワークを結んでいるかといった様子がうかがえる
資料提供:東京工業大学 高安美佐子研究室(クリックすると拡大します)
 また、企業間のネットワークについても、銀行の送金履歴などから、どのようなやり取りがなされたのかといった経済活動の足跡を上手にたどることができれば、行われた取引の1本1本を再現することができるのではないか、それが我々の考えた経済学における業務データの可能性でした。

―マクロでの理論を証明するためのものであったということですよね。

渡辺氏 先ほど20~30年前から議論があったと言いましたが、その当時はデータ自体存在していませんし、検証を行いたいと思っても、帳簿を1枚1枚めくって記録を起こすのは事実上無理があります。IT化に伴い企業が業務データを収集できるようになったこと、またハードの進化で膨大なデータの分析が行えるようになったことがこれらを実現しました。

従来の研究との比較

―このようなデータを扱えるようになって、従来の研究とはどのような点が違ってきましたか。

渡辺氏 例えば、我々の研究材料として総務省の「消費者物価指数」がありますが、戦後50年分のデータを分析するとなると、統計は1ヶ月に1度しか発表されていませんから、600個のデータから分析を行うことになります。もちろんそれなりのことはわかってきますが、これっぽっちのデータでは限界があります。GDPも四半期に1度しか発表されませんから、50年分でも200個にしかならないわけです。従来の研究者はこれだけのデータから類推するしかありませんでした。

 その方法論を大きく変えることができたのが、ミクロデータだと思います。データ数だけ見ても、日々毎分毎秒ごとに蓄積され続けており、圧倒的な量があり、物価やGDPの変動についても様々な角度からの分析や検証が可能になります。

―実際、どのようなデータが研究に使われているのでしょうか。

渡辺氏 経済学者が最初に使い始めたのは、為替市場のデータだと思います。これは比較的早く、2000年前後頃から使い始めたと思います。各銀行の1本1本の取引ログは、EBS のような仲介業社にたまる仕組みになっていますので、そこで収集されたものを、企業秘密保護のためのひと加工を施し、研究者が使えるようにしたのです。またデイトレーディングのデータもかなり早いタイミングで研究者が入手できるようになり、分析に使われてきました。
一橋大学経済研究所教授 渡辺努氏
一橋大学経済研究所教授 渡辺努氏
 このような株や為替といった種類のデータは、資産価格と呼ぶのですが、日常生活で見ることはできないバーチャルな市場での取引です。当初は、スーパーやコンビニエンスストアといった、寝食に直接影響を及ぼす、リアルな市場のデータを取得することが難しかったわけです。そういう時代が長く続きましたが、それがようやくできるようになったのがPOS(販売時点管理)データ、スキャナデータと呼ばれるものです。もともとはマーケティング調査のために収集されたものですが、結果的に我々経済学者にとっても非常に面白い研究対象であったわけです。

POSデータから発見する経済現象 

―スーパーやコンビニエンスストアのPOSデータは、イメージしやすい身近なミクロデータと言えますが、その分析からどのような発見がありましたか。

渡辺氏 例えば、経済学部の一年生へまず教えることであり、皆さんもご存じだと思いますが、「需要曲線と供給曲線という2つの曲線があり、真ん中で×の形で交わっている所で価格が決定する」というのがあります。需要が増えれば価格は上がり、需要が減れば価格は下がるという風に教えるわけです。

 しかし実際には需要が増えたからといって、価格がどんどん上がるわけではなく、反対に需要が減ったからといって、どんどん下がるわけでもありません。価格というのは、専門用語では「粘着的」と表現するのですが、そんなにコロコロ動かないという性質を持っているのです。そして、ひとことに粘着的だと言ってもどの程度粘着的なのか、その度合いを測ることも重要になってきます。
価格変化率の分布の変遷   価格変化率の分布の変遷
横軸は価格変動の大きさ、縦軸は価格変動の頻度。見方…横軸の数値が「1」の時は価格に変動がなかったことを示し、「1.17」の時は17%価格が上昇した事を示す。中央の山になっている部分は、2002~2004年(緑・青・紫の線)は小さな価格変化が頻繁に起こっており、逆に1988年(赤線)頃は前者比べ大きな価格の変化の頻度が高かったことがわかる
資料提供:一橋大学 渡辺 努氏
(クリックすると拡大します)
渡辺氏 これが20年前であったなら、商品1個1個の価格の変動はわからないので、どれくらい粘着的かも調べようがないわけです。

 POSデータの研究でわかってきたことは、かつての研究者が予測していた粘着性の度合いよりはるかに価格は伸縮的だったということです。カップ麺の価格で言うなら、我々の予測では、変動の度合いは数年に1度くらいとしていましたが、実際は特売日を除いても年間3回~4回は変動していました。メーカー出荷時ではなく、流通の段階で価格が決定されるため、POSデータを分析しなければわからなかったのです。

 しかしマクロで予測した物価の粘着性の度合い(数年に一度しか価格は変動しない)も、根拠がある事実であり、消えるわけではありません。そうするとミクロな視点(=POSデータの数値等)とマクロな視点(=消費者物価指数等)での結果が不釣り合いなものであるということになります。

 そうすると「1つ1つの価格はそれなりに変動しても、全体としてはあまり変動しないようなカラクリとはどのようなものか」という新しい疑問が生まれてきます。結論を言ってしまうと、様々な価格が実は「相関関係」にあるから、全体として粘着性があるように見えるということなのですが。

 個々の商品、また同じカップ麺でも違うメーカー同士の商品、それらの価格は相関関係の上で変動しているということがわかってきました。すると今度は、その相関はどういう理由で、またどのような企業の関係性から生まれてくるのかを考え始める。このように研究は深まっていくのです。

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