新しいものを創り出す能力
―日本ではまだ行われてはいませんよね。
- 武山氏 日本ではまだありませんね。ドラマの主人公がブログを書いてそれに返事をするという形で部分的には行われているようですが、完全な代替現実ゲームになっているものはまだ出てきていません。
やはり既存のメディアと作り方が大きく変わってきますので、今までドラマだけ作っていた人がいきなり代替現実ゲームを作るのは難しいからでしょうか。徐々にそういう人材が増えてくれば日本でも作られるようになってくるでしょうね。
―代替現実ゲームを製作する人材とは。
- 武山氏 WEBサイトを作ったり、シナリオを書いたり、パズル製作をしたり、あるいは動画のコンテンツを映像製作したりと、それぞれには特別なスキルがいるわけではありません。
問題は、「別々のメディアで作られたコンテンツをどうつなげると面白いか」というようなメディアを飛び越えたシナリオ・演出を描けるかどうかです。また様々な製作物をチームで行う必要があるのでメディアの垣根を越えたマネジメントも求められます。
さらにもうひとつ重要なことが、スタートからエンディングまで、常にプレイの状況を見つつ、その場に応じた適切な対応をすることです。管理者はパペットマスターと呼ばれますが、彼らの対応が最終的なゲームの善し悪しを決めてしまいます。
―その場その場で対応していくところは、アナログのゲームに近いところがありますね。
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アナログのゲームには大筋のみ決めて、詳細はプレイしながら決めていくスタイルのものもある |
- 武山氏 そういう点もあります。それがまたさっきの参加型につながるのですが、代替現実ゲームは最初から完全に作りこむわけではなくて、参加者の行動があって初めて完成するゲームなのです。ある意味あいまいなままで作品としてこの世に出されるとも言えます。
当然その部分というのは、今までのエンターテイメントの作り方と大きく変わってくるわけです。また製作についてデジタル・アナログを問わずロールプレイングゲーム*に近い要素も多く含んでいますので、参考にしています。
他にも推理小説が書ける人材は重要ですね。何らかのパズルや謎解きを仕掛けていくということが参加者をアクティブにさせるモチベーションになりますから。推理と言っても全てがミステリーである必要はなく、組み合わせは推理とロマン、アドベンチャー、さらには教育でも構いません。謎解きやパズルのような要素さえ入ればどのような形にでも作りこむことができるでしょう。
受信者側の変化、送信者側に求められる変化
―どこかが制作して、それを受信者が一方的に受け入れるテレビのような既存のメディアコンテンツとはずいぶん毛色が違いますが、このようなコンテンツが受け入れられるようになった背景はどのようなものでしょうか。
- 武山氏 インターネットが出現したことによって情報の流れ方が変わったのだと思います。かつて大半の受信者は、ごく一部の送信者が幅広く世の中に伝えた情報を一方的に受け入れるという関係でした。ところがインターネットが普及し、原理的には誰でも情報が発信できるようになり、送信者と受信者がはっきり分かれているという関係が崩れたのだと思います。
これはテレビやビジネス、広告に限らず、世の中の情報の流れ方全般が、知識を持つ者から知識を持たざる者への一方通行ではなくなったのだと思います。例えば大学でも学生が先生よりも先端的なことを知っていたり、立派なブログを持って有名人になったりということも、ままあるわけです。
そうなると、これまでのような一方通行的なテレビのように、たくさん情報を流しているだけでは受信者が満足しなくなるのは、ある意味必然でしょう。受信者側の参加や発言の機会をうまく吸い出していくことが、送信者側の新しい価値の成長として考えられるのではないでしょうか。
―それでは送信者側はこれからどうあるべきでしょうか。
- 武山氏 消費者とのコミュニケーションが重要ですが、同時に消費者同士のコミュニケーションも活発になってきています。双方の交流をどう設計していくかということが送信者側の企業に求められるでしょうね。
そういうことがわかっている企業はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)やブログといったソーシャルメディアを積極的に使って、常に消費者の発言とかアクションを取り入れる形でブランドの価値を高めています。もちろん職種やジャンルにもよりますが、一般的な傾向として何らかの形で企業がファンを育てていく、あるいはファンと一緒に企業の価値を高めていくという動きにならざるを得ないのではないでしょうか。つまり消費者を参加者、サポーターと捉えることが重要です。
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ユーザと一緒に企業を盛り上げていくスタイルはある意味「民主主義的」だ |
- 例えば「ウェザーニュース」という企業はゲリラ豪雨の予測をユーザ参加型で行っており、会員は有償です。会員が雷雨の写真を携帯で撮影して送るというシンプルな方法でユーザは予想に参加しますが、一気に情報が集まると的中率もなんと8~9割になります。このようにユーザはお金を払った上に自ら情報を出してまで、1つの問題解決を盛り上げて、企業の価値を高めてくれるのです。
代替現実ゲームも同じで、面白いドラマや映画といった商品のストーリー展開に入り込んで、素敵な世界を盛り上げたいという気持ちが強い参加者はいます。
送信者と受信者双方が交流してブランドの価値を高めるという行動がエンターテイメント的になると代替現実ゲームになるし、社会に役立つ情報を盛り上げていこうとするとウェザーニュースのようになるわけです。
つまり1つの魅力的な世界を共同で作り上げていくということが重要なのです。これはゲームに限らず、教育でも政治でも何でも同じだと思います。
まだ現在の日本は、制度にしても事業の仕組みにしても一方通行な旧来のままですが、共同で作り上げていくことの重要性をわかっている送信者は、受信者の変化を認識して満足を引き出しています。今後はそういう方向にシフトしていくのでしょうし、そうなる方が望ましいと思います。
※このインタビューとセキュリティプラットフォームは一切関係ありません。
注釈
*:デジタル・アナログを問わずロールプレイングゲーム
ロールプレイングゲーム(Role Playing Game 通称RPG)とは字義では「与えられた一定の役割を演じるゲーム」のこと。「アナログ」の「ロールプレイングゲーム」は、プレイヤーが仮想世界の中で仮想のキャラクターを演じながら一定の目的を達成するゲームを指す。これを疑似的にコンピュータ上で再現できるようにしたものが「デジタル」の「ロールプレイングゲーム」である。前者は日本ではTRPG(Table talk RPG)が人気であり、後者は「ドラゴンクエストシリーズ」(スクウェア・エニックス)などが有名。
【武山 政直(たけやま まさなお)氏 プロフィール】
【現職】
慶應義塾大学経済学部 教授
【略歴】
慶應義塾大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科修士課程修了後、米国カリフォルニア大学大学院博士課程留学。PH.D.取得。慶應義塾大学環境情報学部助手、武蔵工業大学(現東京都市大学)講師、助教授。慶應義塾大学経済学部准教授を経て2008年より現職。同グローバルセキュリティ研究所上席研究員を兼務。現在は民間企業との共同研究により各種ICTサービスの企画開発を手がけるとともに、地理空間情報技術の普及への取り組み、大学と地域の連携プロジェクトや新たな学びの場づくりにも従事。
【主な研究分野】
都市メディアデザイン、消費者行動研究、経済地理
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(掲載日:2009年11月10日)