経済成長への寄与度が高いと言われるICT(情報通信技術)産業のグローバル展開を支援するため、総務省は2007年5月より「ICT国際競争力強化プログラム」をスタート。翌2008年7月に改訂された「同ver.2.0」では各政策の細部が見直され、さらに2009年6月に大幅にリニュ―アルされた「同2009」では、リーマン・ショック以降のより厳しさを増した経済環境に対応すべく、対策が盛り込まれた。
激変する世界経済の中で「ICT国際競争力強化プログラム」はどのように変化し、また総務省はどのような政策を行ってきたのか。そして、今後も日本が経済成長を続けるために、なぜICT産業の国際競争力強化が必要なのか。同プログラムを担当する、情報通信国際戦略局 情報通信政策課長の谷脇康彦氏にお話をうかがった。
「ICT国際競争力強化プログラム」とは
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総務省情報通信国際戦略局
情報通信政策課長 谷脇康彦氏 |
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―「ICT国際競争力強化プログラム」が2年前に発足した経緯を教えていただけますか?
谷脇氏 2006年10月から2007年4月にかけて、ICT産業の国際競争力強化について基本戦略の方向性を検討する「ICT国際競争力懇談会」を開催しました。
そこで共有された問題意識は、日本のICT産業は、技術力は非常に高いがなかなかグローバル展開していく流れにならない。どちらかと言えば、国内市場にフォーカスを当てた事業展開が行われてきた、というものです。
しかしながら日本の市場は、これから人口が減り高齢化も進んでいくという中で規模が縮小し、GDP全体の約55%を占めている個人消費の割合も当然小さくなっていきます。従って、国内市場だけで事業を成立させるのはどうしても難しくなりますので、ICT産業はグローバルな事業展開を図っていかなければなりません。そんな思いから、2007年5月に「ICT国際競争力強化プログラム」を立ち上げました。
最初の1年間はほとんど手探りだったのですが、プログラムの推進母体として総務大臣を本部長として立ち上げた「ICT国際競争力会議」などで様々な方々からご意見をいただきながら、まずは日本のICT産業の現状をしっかり分析することから始めました。
そしてその現状分析をもとに、何ができるのかということを、少しずつ具体化しました。実際に打った政策が、本当に効果があったのか、それともなかったのかということを、毎年の改訂ごとに見直していったのが、この2年間です。
私が所属している情報通信国際戦略局は2008年7月、まさに日本のICT産業の国際競争力を強化するために設立されました。そして現在も総務省全体として、ICT産業の国際競争力強化に力を入れています。
―2回の改訂の中で政策の効果の有無について現状分析を行い見直した、ということですが、その具体例をお教え下さい。
- 谷脇氏 まず、2009年度から新しく開始したものとして、例えば「ユビキタス・アライアンス・プロジェクト」が挙げられます。「どんどん海外に進出して下さい」と口で言っているだけではダメで、やはり政策支援のスキームが要るだろうという反省が、過去2年間の「ICT国際競争力強化プログラム」の中で得られました。
そこで、日本の優れた技術・ソリューションがもっと海外に進出できるよう、ワイヤレスとデジタル放送、次世代IPネットワークの3分野に重点を置いて、例えばタイでWiMAX(ワイマックス)*1を活用し遠隔診断や患者データの送受信を行うサービスを検証するなど、途上国との連携強化に取り組んでいます。
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〈図表1〉「ユビキタス・アライアンス・プロジェクト」の概要
出典:総務省情報通信国際戦略局情報通信政策課長 谷脇康彦氏
「スマート・ユビキタスネット社会実現戦略」資料P43(クリックすると拡大します) |
- それとは別に、単に現在のシステムだけではなく、次に来る新しい技術・サービスをどう作っていくのかを深く考えた結果、その下地作りとして「ICT先進実証実験事業」というプロジェクトを始めました。ワイヤレスブロードバンドシステムや行政プライベートクラウドなど様々な実証実験を行っていますが、その中でも特にデジタルサイネージ(電子看板)の分野は、これから非常に有望だと思いますね。
それからサイバー空間の新しいビジネスを積極的に立ち上げていただくための「ICT利活用ルール整備促進事業(サイバー特区)」も、併せて推進しています。こちらでは遠隔医療/試験や携帯電話のライフログなどについて、ルール整備に向けた検証を進めていますが、これらの中から日本でビジネスが軌道に乗るものがあれば、それを今度はグローバル展開する。その時には「ユビキタス・アライアンス・プロジェクト」の仕組みを使って支援していきたいですね。
―今までの2年間の中で順調に進んだものとは?
谷脇氏 地上デジタルTV放送に関しては、各国に対して積極的に働きかけを行った結果、南米のブラジルやペルーで日本の
ISDB-T*2方式を採用していただくことができました。それがやはり、大きな成果の1つでしょう。
また、この5月には、鳩山邦夫前総務大臣と中国の李毅中(り・きちゅう)工業・情報化部部長が会談しました。次世代携帯電話に関する技術協力の推進など、日中間で包括的な政策協力を行っていくことで合意を得ています。
ただ、国際競争力の強化は、そう簡単に成果が出るものではありません。少しずつ花開いていくものですから、短期的な成果を求めるべきではなく、地道な努力を続けるのが大切ではないでしょうか。
日本のICT産業が持つ強みと弱み
―国際社会の中で日本のICT産業が持つ強みと弱みをどう認識し、それに対し現在「ICT国際競争力強化プログラム2009」ではどのような政策を展開しているのでしょうか?
- 谷脇氏 ワイヤレスとデジタル放送、次世代IPネットワーク。これらを“重点3分野”と呼んでいますが、技術面ではここが強みだと思います。それから、まさに産業の基盤となるブロードバンドインフラ、光通信がこれほど整備されている国は、日本以外にありません。
逆に弱みとしては、そういった素地があるにも関わらず十分に活かしきれていないというのが挙げられるでしょう。さらに言えば、それぞれの企業や研究機関が個別に頑張っていますが、提携をして海外に打って出て、総合力を発揮できるような状態になかなか繋がらない、力が分散しているという問題があります。
そこで、組織の枠を超えた研究開発、オープンイノベーションの推進を提言しています。ただし、何が何でも複数の人や組織が連携すればいいということではありません。どの部分がコアコンピタンス(他には真似できない、核となる能力)なのかをきちんと認識した上で、それ以外のところでは基本的にオープンイノベーションを進めていくべきだと私は考えています。
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〈図表2〉「ICT国際競争力強化プログラム2009」の基本認識・具体的施策・推進体制
出典:総務省情報通信国際戦略局 情報通信政策課長 谷脇康彦氏
「スマート・ユビキタスネット社会実現戦略」資料P50(クリックすると拡大します) |
- ですから「ICT国際競争力強化プログラム2009」の中でも、開発当初から海外のベンダーと連携していく研究開発や、オープンイノベーションを推進するものに対して積極的に支援していきます。それによって力の分散をなるべく回避し、総合力を発揮できるよう、お手伝いしていきたいですね。