これからの医療において根幹をなすIT活用とは:HH News & Reports:ハミングヘッズ

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田中 博 東京医科歯科大学情報医科学センター長に聞く「これからの医療において根幹をなすIT活用とは」」

東京医科歯科大学情報医科学センター長
田中 博
「これからの医療において根幹をなすIT活用とは」

IT医療は、これからの医療の根幹

―日本の医療IT化について、国が導入へ向かっている背景について教えてください。

田中氏 医療費における高齢者の占める割合は40%にもなります。医療費は50歳くらいまでかなり低い水準で進みながら、死ぬ前くらいにかけて突然跳ね上がります。これは高齢者の医療費が糖尿病、高血圧、メタボリックシンドロームなど、生涯を通じた健康「管理」が必要な慢性的疾病が中心となるからです。
 ですから、「カルテ保持義務が5年間」ということは「発病→治療→回復」という病気のサイクルが5年以内で終わるという急性期の疾病の考えで、慢性疾患が多い現在ではとんでもないことです。

 今お話した糖尿病患者の件ですが、糖尿病が重症化すると人工透析が必要になります。人工透析は腎臓が機能を果たさなくなった場合に行う治療ですが、糖尿病以外の原因で透析が必要になるケースも多々存在します。
 しかし透析患者の主要疾患原因を調べてみると、他の要因による透析患者は減っている一方、糖尿病が原因の透析患者が増大しているのです。糖尿病からの透析患者は、言ってしまえば健康管理が適切にできずに患ってしまった患者がほとんどです。
 人工透析治療をすると本人負担額は2万円なのに対し、国は500万円を負担することになります。このように重症化する可能性のある慢性的な疾患を生涯に渡って経過観察し、症状を抑えていくことで高齢者の医療費を大幅に抑えることができるわけです。この生涯に渡ったカルテこそ「生涯的健康情報」になります。
糖尿病性腎症による透析患者増大が慢性透析患者増大に繋がっている (図:透析医学会資料より)
糖尿病性腎症による透析患者増大が慢性透析患者増大に繋がっている
(図:透析医学会資料より)

―なるほど。これからの高齢化社会を考えると、「生涯的健康情報」が必要になってくるわけですね。

田中氏 はい。さらには慢性的な疾患は、症状が悪くなったときに、診療所から地域中核病院へ移行するような医療連携も必要になります。
 例えば糖尿病の検査は、毎回大学病院に行く必要はありません。ほとんどの場合は診療所の検査で十分ですが、緊急時にはすぐに地域の中核病院で対応をしてもらわないと、あっという間に重症化します。つまりすぐに大病院と連携できる体制が必要なわけです。このような体制を構築するためにも、診療所と中核病院の情報共有「地域情報圏診療情報」が必要になります。
 地域連携で行う包括的なケア体制を充実させていくことと、自己管理にも使え生涯継続的に健康情報を保持するという要因を満たすには、情報へ空間・時間に拘束されずにアクセスできることが必要で、これにはIT化しか考えられません。
 情報化によって効率的になると言われていますが、そういうことは副次的な作用であり、地域統合的で生涯継続的な医療体制を作るためにはITしかありえません。生涯的な健康情報だってあちこちへ治療に行く日本人が、IT以外で健康情報を継続的に保持することができますか?
 ITはこれからの医療の根幹であり、不可欠な情報基盤なのです。

―確かにIT以外で挙げられた要件を満たすのは非現実的ですね。

田中氏 それだけではありません。健康情報がIT化することで、国民の疾患をリアルタイムに把握することができるようになります。
 例えば、ガン死因のトップは肺ガンになっていますが、ガン患者自体は胃ガン患者の方が圧倒的に多い現状があります。しかし死亡しない限り情報として出てこないため、そのような情報はなかなか把握できません。しかし、EHRすなわち国民健康医療情報の基盤が確立するとそういう国民の健康情報を統計的に把握することができるようになります。このように集まった情報を、厚生労働省や疫学の研究者が使えるようにすれば、医学研究もかなり進むことでしょう。

 また「情報による治療」というものもあります。自らの慢性的な疾患管理をすることで疾患についての情報、例えば現在の自分の糖尿病の状態が、重症化へ向かっていて、四肢を切断する、目が見えなくなる、などのような状態になりそうだという情報が入ってくれば、誰だって怖くて気をつけるようになりますから。
 このように、生涯に亙る健康情報管理と、情報の共有化による地域連携を満たす電子カルテを併せたものを、私は「日本版EHR」として位置づけています。

医療崩壊を食い止めるためには

―医療情報を電子化する過程で抱える課題はどのようなものでしょうか。

田中氏 まずは、電子情報化されて一括管理されるようになった健康医療情報は、誰が管理して、誰がどこまで見て良いのか、という倫理観の問題がありますね。医者なら全ての情報を知ることができるなどということになったら、例えば女性患者において、歯医者へ行ったときに過去の婦人病経歴を見られるということにもなりますよね。

 ドイツ以外のヨーロッパ諸国は、国が一括管理することで医療情報化に成功しています。ドイツのみ先ほど述べたように、個人管理にしたことで失敗しました。ドイツは敗戦国であり、国民が政府を信用していないのです。日本も同じ敗戦国です。国で管理をしようとしても不信を抱く人が必ず出てきます。そういうことも含めて、国民の意識にあった健康管理を考えなくてはいけません。
 おそらく地域・自治体レベルでの管理が国民の許容する限界でしょう。あるいは健康情報を一括管理する財団を作るか、そうでなければアメリカのように民間の会社に預けるか、今後の課題の1つですね。

―これからは日本版のEHR作成に向けて、どのように進んでいくのでしょうか。

これからのIT医療について語る田中氏
これからのIT医療について語る田中氏
田中氏 先ほどにも述べましたが2つの流れがあります。
 1つはメタボリックシンドロームの検診のような特定検診の情報と、オンライン化されたレセプト情報をまとめることで「生涯的健康情報」を作ろうとする流れです。
 もう1つは地域連携です。地域ごとの医療機関が連携するための疾患別にクリティカルパスを作ることで、地域包括ケアシステム体制を構築する「地域情報圏診療情報」の流れです。
 厚生労働省は2012年まで、この2つの構築を想定しています。これを第1段階とすると、第2段階は2つの流れを統合することで、理想的な医療情報基盤である「日本版EHR」が完成するでしょう。

 医学部を卒業して研修医となるときの問題ですが、今では国の政策で研修医と研修病院との自由なマッチングが推進されるようになりました。そのため、大学病院に医師がいなくなり、地域に派遣していたこれまでの医師を呼び戻す「医師はがし」が進んで、地域医療が崩壊しています。研修医は都会の病院へ流れるようになりました。結果、地方の大学病院よりも、研修プログラムが充実している都会の民間大病院に医者が集中します。
 さらに大学はスペシャリストに興味がある場合が多く、地方の医療現場においてはそれとは反対にオールラウンドな人材が求められます。だから大学は地方の医療を担えるような人材は育てていないし、育てる人もいません。
 例えばネットワークで繋がっていれば、居場所に関係なく医者が診察できるため、地方の医療をある程度担うことができるでしょう。そのようにIT化でカバーできるところをしていかなくてはいけないでしょう。策を打たなくては「地域医療は終わり」というところまで来ているのです。

 国民健康水準の引き上げ、高齢化社会、医療費の増大、地方医療崩壊、全てを解決するためにも、「日本版EHR」の作成に向かって早急に取り組んでいく必要があると思います。


※このインタビューとセキュリティプラットフォームは一切関係ありません。



注釈

*1:診療報酬の点数計算
診療報酬とは診療を行った医療機関に対する報酬のこと。点数計算とは、保険者に請求する診療報酬明細書(レセプト)に記載する点数の計算のこと。点数は診療行為ごとに細かく決められており、1点=10円で計算される。

*2:EHR(Electronic Health Record、電子的健康情報)
個人の医療情報を、地域単位の医療機関で共有することで、生涯に渡った医療サービスを提供するための情報管理基盤。世界各国でも医療費削減や医療技術の上昇の手段として、医療改革の柱の1つに据えられている。



【田中 博(たなか ひろし)氏 プロフィール】

【現職】
東京医科歯科大学 大学院生命情報科学教育部教育部長
東京医科歯科大学 大学院疾患生命科学研究部 教授
東京医科歯科大学 情報医科学センター センター長
医学博士
工学博士

【略歴】
1974年 東京大学工学部卒
1981年 東京大学医学系大学院基礎医学専門課程修了、83年 工学博士
1982年 東京大学医学部講師
1987年 浜松医科大学医療情報部教授
1991年 東京医科歯科大学難治疾病研生命情報学教授
1995年 東京医科歯科大学情報医科学センター長
2006年 東京医科歯科大学大学院生命情報科学教育部長、評議員

【業界関係】
日本医療情報学会理事長
医療IT推進協議会会長

【著作】
『生命と複雑系』(培風館) 2002
『電子カルテとIT医療』(エムイー振興協会) 2001
『医用電子工学 - 電気・電子工学大系66』(コロナ社)共著 1980
『岩波講座 応用数学 [方法6]』(岩波書店)共著 1993 他


(掲載日:2009年3月13日)

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