税務執行におけるデジタル・フォレンジックの役割
―デジタル・フォレンジックと税務執行の関係についてどう思われますか。
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デジタル・フォレンジックについて語る鳥羽氏 |
- 鳥羽氏 企業と同様の視点に立った活用があります。すなわち、事務の適正性の確保です。
1つ目は不正行為の未然防止です。税務事務は金銭を扱う業務が多く、職員による不正行為もたびたび発生しています。最近では、神奈川県や奈良県の税務署の職員が賄賂を貰っていたとして逮捕されましたが、昨年、京都の税務署の職員が還付金の発生を装って詐取していた事件があったように、ここ10年間を見ると、システムの不正操作により収納した税金を横領するもの、還付金が発生したように装って詐取するものなどシステム関連の不正が増えています。無論、当局の方でも、システム内でこのような不正操作を感知して処理を中断させるような手当ができないか努力しているのですが、あまりブロックをかけると通常業務ができなくなるので、未然防止には自ずから限界があります。
そのため、事後的にも早期に不自然な操作を発見し、不正行為を行う者を特定することができることを明示することで、そういう企図を挫くことが重要になってきます。
フォレンジック技術の発達は、技術そのものの効果だけでなく、技術の有効性に対する認識が組織の各セクションに浸透することによって、上記のようなシステムを悪用した不正を減少させる方向へ向かわせるものと思います。
2つ目は事務ミスの極小化です。大量のデータを扱うことの結果として事務ミスの発生は不可避です。年金記録の問題も、ミスを長年放置してきた結果、大きな問題になってしまいました。税務の場合も、年金問題と同様に、事務ミスが金銭に結びつく点で影響は大きいのです。昨年、全国の11国税局・国税事務所で、自治体が行う下水道事業などに9年間にわたって消費税を過大に課税したことが報道されましたが、総額で約8億5900万円にも上っていました。これは、元々の課税自体が誤っていた例でシステムの問題ではありませんが、入力ミスで過大な課税をされた例もあり、1つ間違えば執行の適正さに対する信頼を失いかねません。
―税務執行の分野でフォレンジック活用の余地はあるのでしょうか
- 鳥羽氏 この問題は監査全般の問題といえますが、システムにおいても各種データを活用することにより異常値の発見が容易になれば、早期に対処することが可能になり、結果としてミスの影響を極小化することができます。
また、長年にわたり作業が累積しているため異常値の原因が直ちには特定できないような場合もありますが、そのような場合、フォレンジック技術の活用により原因となった作業の時期、内容が特定できれば再発防止策の策定も容易になります。
―その他の業務への活用とはどのようなものでしょうか。
- 鳥羽氏 1つは、一般の税務調査での活用があります。
税務調査は、年分又は事業年度の課税標準を計算して、これが申告と合っているかどうか確認する作業が中心です。そのためには会社の帳簿からスタートして、仕分伝票、預貯金通帳、小切手・手形帳、請負契約書、請求書や領収書、納品書、見積書、レシートロール、受信した電子メール、電話の通話記録までチェックする必要があります。ただ、時間の制約があり、全てを見ることは不可能です。とりわけ大企業の場合、銀行口座1つを取ってみても、事業部ごと、支店ごと、プロジェクトごとに持っており、関連会社のものを含めれば口座数が1万を超えるようなケースもあって、入出金状況はシステムで集計しなければ把握は困難なのです。
また、会社ごとにシステムも異なるので、調査する側でこれら全てに対応するツールを用意することも困難です。したがって、実際には調査先が保有する分析ツールを利用してデータの抽出や製表、異常値の特定を実行しなければなりません。
―調査官が自らフォレンジックを行うことはあるのでしょうか。
- 鳥羽氏 デジタル・フォレンジックは、訴訟対応や監査のため有効な手段であり、企業活動にメリットをもたらすものとして、その技術も発達してきていますが、税務当局が、自ら直接それを使用することはなく、各企業の協力によりその成果を利用させて貰っているところです。これは各企業にとっては、痛し痒しの面があるかも知れません。ただ、不正監視、監査強化といったコンプライアンス重視の流れの中では、税務コンプライアンスも必然的に強化していかざるを得ません。「我が身は守りたいが税務署には知られたくない」というわけには行かないということです。
税務コンプライアンス
―企業におけるコンプライアンスが話題になっていますが、税務分野ではいかがお考えですか。
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直面する問題について語る鳥羽氏 |
- 鳥羽氏 税務コンプライアンスに関しては、適正な申告・納税をすることがそのまま法令遵守につながります。実際に「申告漏れ」と報道されたような事件の大半は、経営陣が申告内容について不適切な判断をしたことによるものではなく、会社内の各セクションが自分達の営業成績を上げるため、あるいは予算統制を免れるために経営陣の知らないところでいろいろな操作をした結果起きているものです。したがってフォレンジック技術を活用し内部統制を充実することで、税務コンプライアンスも自ずから向上することになるのではないでしょうか。
無論、経営陣の税務コンプライアンスの意識を高めることも大事で、そのためには、監査役がその役割を果たすことが一層重要になってくると思います。
―また、税務分野では実際にどのような問題があるのでしょうか
- 鳥羽氏 最近の問題としては、会計税務のアウトソーシングによりデータが外部に保管されていて調査権限の及ぶ範囲が問題となるケースがあります。例えば、データ保存にASP*2を利用しているような場合、そのサーバが国内にあればともかく、国外にある場合、そのデータをどう収集するか、収集データの真正性をどう確認するか、少なくとも日本の公務員が外国で権限を行使するわけにはいきませんので法的に詰めると難しい問題です。厳密に言うと帳簿書類は会社に備置くことが義務付けられているのでASPの利用は不可ということになりますが、ビジネスの実情を考えればそういう訳にもいきません。したがって、実務上は、調査先の会社がデータを自社内で回復して、それを調査官が確認することで対応しておりますが、そのような協力が得られない場合にどうするか、課題が残っています。