「自己情報コントロール権と個人情報保護の今後」:HH News & Reports:ハミングヘッズ

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公認会計士松澤大之
内部統制で変革すべき
は“個人の意識”
(動画あり)

佐藤 幸治 京都大学名誉教授に聞く 
自己情報コントロール権と個人情報保護の今後

京都大学名誉教授
佐藤幸治
自己情報コントロール権と個人情報保護の今後

憲法13条との関連性

―確かに個人情報に対する考え方が変わってきたということはありますよね。佐藤先生は憲法学者でいらっしゃいますが、憲法13条(すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする)との関連はどういったところでしょうか。

佐藤氏 今おっしゃった13条は、日本国憲法の基礎、土台をなしている規定です。それは、国民の一人ひとりが人格的自律の存在として尊重されなければならないということであり、そういう存在として必要とされるものを「生命、自由及び幸福追求に対する権利」として包括的に保障した規定であると考えています。

憲法13条との関連性を話す佐藤氏
自己情報コントロール権と憲法13条は密接な関係をもつ
憲法13条との関連性を話す佐藤氏
自己情報コントロール権と憲法13条は密接な関係をもつ
 憲法は各種の基本的人権を列挙して保障していますが、憲法が保障している基本的人権はそれらに限られているわけではなく、列挙されたもの以外にも人格的自律の存在にとって重要なものを13条が補充的に保障していると考えてきました。プライバシーの権利、自己情報コントロール権は憲法に明記されてはいませんが、まさに13条によるそのような補充的保障の対象となる権利であるというのが私の考えです。
 小林秀雄のさるエッセイの中に、「(人間の)良心の問題は、人間各自謎を秘めて生きねばならぬといふ絶対的な条件に、堅く結ばれている事には間違ひはなさそうである。佛(ほとけ)は覚者だったから、照魔鏡などといふろくでもないものは、閻魔にもたしておけばよいと考へたのであろう」という一節があります。プライバシーの権利、自己情報コントロール権は、個人の人格的自律(personal autonomy)にとって不可欠のものではないかと考えています。

―そういった自己情報コントロール権ではどのような問題が議論されてきているのでしょうか。

佐藤氏 学説として、次第に受け入れられるようになり、判例の中にもこの考えに依っているのではないかと思われるものが散見されるようになりました。しかし、依然として強い批判もあります。
 批判は様々な面に及んでいますが、そのポイントは、自己情報コントロールといっても、 どの範囲の情報を問題にしているのか、コントロールするといっても何をどのようにコントロールしようというのか、というものです。そして、これだけオンライン化の進んだ状況の中で、自己情報コントロールなどもはや無理だという意見もあります。

個人情報保護法について

―しかし佐藤先生が提唱された自己情報コントロール権が個人情報保護の考え方に大きな足跡を残したのは確かです。そこで現在の個人情報保護法についてはいかがお考えでしょうか。

佐藤氏 個人情報保護法制の様々な問題点については、それに精通しておられる実務家や専門家の評価に委ねたいと思います。ただ、大局的に見て、個人情報保護法ができたことを私は積極的に評価しています。
 1988年に制定された旧個人情報保護法*2については、対象がコンピュータ処理情報に限られていること、個人情報の収集・取得についての制限がないこと、個人情報の保有・管理について行政機関に個人情報ファイルの公示を求めているが、その例外があまりにも多いこと、等々のきわめて多くの問題がありました。

 けれども、評価すべきなのは、とにかくこのような法律が成立したことです。こうした法律をつくるのに何が大変だったかというと、日本の官庁の縄張り意識、各省割拠主義です。各省はそれぞれ個人情報をもっていますが、それらの情報は自分達のものだと思っています。ですから、省庁横断的な法律をつくることには、非常に強い抵抗がありました。しかし、ともかく法律ができました。ただ、そうした各省を納得させて作られたものですから、欠陥だらけになるに決まっています。
 ともあれ各省横断的なこの法律ができたことにより、それがその後の行政手続法*3 の制定へとつながり、そして現在の個人情報保護法の誕生を見ることになりました。この点を私は大変高く評価しています。

 ただ、現行法にも色々な問題があります。仕組みの作り方の面で各省割拠主義を抜け切っていないところがあり、また、基本理念として「個人の人格尊重」が掲げられていますが、プライバシーの権利(自己情報コントロール権)を具体的に実現するという趣旨が不明確で、そのためか個人の権利保護の徹底性が不足している様に思われます。

 先程触れた遺伝子情報・医療情報の取り扱いがどうなっていくのかが今後の課題ですし、他方、個人情報保護法制の運用の中で、個人情報保護の名において公共的性質の情報も出なくなり、自由な情報流通(表現の自由)を阻害することにならないように監視していく必要もあります。

個人情報保護に関する社会への提言

―それでは今後の個人情報保護に関する社会への提言についてお考えをお聞かせください。

佐藤氏 様々なことに触れてきましたが、そもそも個人情報保護とは何のためのものかを考え続けることが必要です。それは結局、人間とは何かということを問い続けることなのです。
個人情報保護について佐藤氏は、
人間とは何かを考え続けることが必要不可欠だと言う
個人情報保護について佐藤氏は、 人間とは何かを考え続けることが必要不可欠だと言う
 適正な個人情報保護を図っていくためには、現状を正確に把握し、法技術的におさえるべきところはしっかりとおさえていく必要があります。幸いこの分野で優れた法律家、専門的な学者が育ってきているとことを6月に行われた情報ネットワーク法学会でこの目で見、大変勇気づけられています。
 従来の日本の制度作りは、各省割拠主義体制の中で、とかく“役所”の都合が優先され、 「国民の権利」構成にはなりにくいところがありました。こうした体質に打ち勝っていくことは依然として容易ではありません。法技術論だけでは知らず知らずに各省割拠主義の轍(わだち)にはまってしまう危険があります。
 先程申し上げたように、われわれは絶えず個人情報保護の原点に立ち返って、それは何のためのものなのかを問い続ける必要があると思います。それは、人間が自律的な存在であるとはどういうことなのか、自由な社会を維持するには何が必要かを問い続けることにつながります。

(撮影協力:KKRホテル東京)


※このインタビューとセキュリティプラットフォームは一切関係ありません。



注釈

*1:イエロージャーナリズム
「事実報道」よりも“扇情的である事”を売り物とする形態のジャーナリズムのこと。

*2:旧個人情報保護法
1988年、公的機関を対象とした「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」のこと。公布後の1989年、民間部門に対して通産省(現:経済産業省)により「民間部門における電子計算機処理に係る個人情報の保護に関するガイドライン」が策定された。

*3:行政手続法
1994年施行の法律。行政運営における公正の確保と透明性の向上を図ることを目的とし、行政上の手続についての一般法。



【佐藤 幸治(さとう こうじ)氏 プロフィール】

【現職】
京都大学名誉教授

【略歴】
1961年 京都大学法学部卒業
1961年 住友銀行入社
1962年 同行を退社、京都大学法学部助手
1975年 京都大学法学部教授
(1991 - 1993年法学部長・法学研究科長、1995 - 1996年総長特別補佐)
2001年 京都大学名誉教授、近畿大学法学部教授
2004年 近畿大学法科大学院教授
2008年 近畿大学退職

【その他業界関係】
司法試験委員、大阪府個人情報保護審議会会長、行政改革会議委員、法学検定試験委員会委員 中央省庁等改革推進本部顧問 、法制審議会委員、宗教法人審議会会長、中央教育審議会委員、司法制度改革審議会会長、司法制度改革推進本部顧問会議座長、皇室典範に関する有識者会議委員、アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会座長。

【主な著書】
『現代国家と人権』(有斐閣) 2008
『憲法とその“物語”性』(有斐閣) 2003
『日本国憲法と「法の支配」』(有斐閣) 2002
『国家と人間』(放送大学教育振興会) 1997
『憲法〔第三版〕』(青林書院) 1995
『ファンダメンタル憲法』(有斐閣)共著 1994
『現代国家と司法権』(有斐閣) 1988 など著書多数

(掲載日:2009年10月7日)

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