提唱時の反応と環境の変化
―学説を提唱した当時の反応はいかがだったのでしょうか。
佐藤氏 中央公論の論文はおもしろい考え方だと新聞の論題時評に取り上げられ、また、学界でもそれなりに注目されましたが、総じて切迫した問題提起として受け止めてはもらえなかったように思います。
この1970年は、実は行政管理庁(現総務省)を中心とする「行政事務処理に関する個人コード統一に関する研究」が開始された年でした。この研究は、「コンピュータ利用の際、データコード等の標準化を図ることにより、行政能率の向上と行政サービスの改善に役立てるものとして考え出された」といわれるものです。しかし、さすがにこの時は「国民総背番号制」であるとする批判的論議が起こりました。そして1973年に至り「費用対効果や運営技術などの面から統一化のメリットが必ずしも明らかではないうえ、世界の大勢と国民のコンセンサスの流れを見たうえで結論を得るべきである」として研究が中止されています。この経緯からも知られることですが、当時の官庁ではコンピュータ化がはらむプライバシーの問題、個人の自律的生への脅威といった問題意識はみられません。
しかし、私の懸念を裏付けるかのように、個人のプライバシーを脅かす状況を垣間見せるような様々な事例を、新聞などを通じて国民が知ることになりました。例えば、全国の同和地区の所在地名を明記し、企業防衛のためと称して企業に売った部落地区名総監事件(1975年)、ダイレクトメール業者が近畿・四国で住民基本台帳を転写し、家族の氏名・年齢・職業・電話番号を記載した名簿を作成した宿毛市家族名簿販売事件(1981年)等々がそれです。
こうした諸事件を新聞・テレビ等を通じて知るとともに、電話等を通じての日々の勧誘に伴う不安・不愉快さに随伴して、プライバシー、個人情報の扱い方についての関心が強くなってきた様に思います。営利のためか何か知らないけれども、個人に関する情報がかくも容易に収集され、利用され、伝播されてよいのかと。