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特別対談
世界に羽ばたくIT製品を作るには(上)―置き去りにされた文化―
電気通信大学学長顧問 合田周平×ハミングヘッズ 渡辺博文

 国内外のシステム工学最先端で長年に渡り研究に携わってきた電気通信大学学長顧問の合田周平氏によると、日本のIT企業は製品をグローバルに展開する意識が低いという。IT製品をグローバル展開できないのはなぜか、またこうした現状を抜け出すための方策はあるのか。弊社取締役で、合田氏と長年の交流を持つ渡辺博文がお話をうかがった。

合田周平 電気通信大学学長顧問   合田周平(あいだ しゅうへい)
電気通信大学学長顧問 1932年、台北市生まれ。電気通信大学、カリフォルニア大学(バークレー)大学院卒業。システム工学専攻、工学博士。TDK、東京大学生産技術研究所、米国・英国・イタリアの各大学・研究所・財団を経て現在、電気通信大学名誉教授、暁星国際学園理事、未踏科学技術協会理事、ウシオ育英文化財団理事、宮本武蔵「小倉顕彰会」特別顧問など兼任。本田財団創設に関与し理事、ヒューマンメディア財理事長、国際AI財団副理事長、天風会理事長など歴任。
毎日出版文化賞、米国・パターン認識学会賞など受賞。叙勲:イタリア共和国功労勲章。
著書に『エコ・テクノロジーの展開』(1990年、コロナ社)、『地球時計を読む』(1990年、徳間書店)など多数。2009年9月に『構えあって構えなし―中村天風と宮本武蔵に学ぶ成功方法―』(PHP文庫)を上梓した
渡辺博文 ハミングヘッズ取締役   渡辺博文(わたなべ ひろふみ)
ハミングヘッズ株式会社取締役 1956年生まれ。1980年、東京大学法学部卒業後、横浜銀行へ入行。欧州横浜銀行チーフファンドマネジャー、プライベートバンキンググループ統括ダイレクトバンキングセンター長を歴任する。1985年、INSEADビジネススクールMBA。2000年、イーシステム株式会社取締役副社長、2003年、同社代表取締役社長。2009年、ハミングヘッズ株式会社取締役に就任。暁星国際学園理事も務める

日本のIT製品が世界でヒットしない理由
―文化意識の欠如―


渡辺 今回は、システム工学がご専門の合田さんをお迎えしてお話をうかがいたいと思います。合田さんはITの黎明期から様々な研究に携わられてきました。

合田氏 1960年代当時は、ITという言葉は使われていませんでした。システムというとコンピュータを使った仕事全て、ということになり、経済の予測・統計分析から農業システム、医療システム、金融システム(旧大蔵省金融制度調査会専門委員)、英国のハリアー(英国クランフィールド工科大学/ 垂直離着陸戦闘機)などの開発に関与しました。
 こうした研究に携わる中で、人間のひらめきや直感や感動など、うまくデジタル化できない要素が研究において極めて重要であることに気づきました。「暗黙智」と呼ばれる、知識や哲学の裏付けとなっている重要な要素で、データ化または「形式智」として表現しにくいものです。システム工学の研究を通じて、「潜在意識」における「スピリチュアル」な領域の存在を感じ続けてきました。

渡辺 医療から戦闘機のシステムまで幅広くご研究なさってきた合田さんにお聞きしたいのですが、欧米企業に比べ、日本のIT企業が生み出す製品には、世界的にヒットしているものがほとんどない気がします。例えば自動車産業などはグローバルに展開していますが、技術力のある日本がITの世界ではこうした差をつけられてしまった理由はいったい何なのでしょうか。

産業が成り立つまでのあるべきプロセス
産業が成り立つまでのあるべきプロセス
産業には、芸術や哲学などの文化が土台になる。日本のIT企業には、こうした土台がないためにグローバルに展開できる製品が作られないという
合田氏 常日頃思っているのが、IT企業に従事する人々の心の中に、文化の息吹が感じられないことです。言い換えればモノづくりをするための心の「構え」といったものでしょうか。「人」は勿論のこと「もの」にも、心を通わすという心意気です。われわれは、もっと宮本武蔵『五輪書』に始まる「道具論」を極めることが必要です。
 そもそも製品というものは、製品を作ること自体が目的ではありません。例えば自動車にしても、「自動車を作ること」が目的ではなく、「楽に移動したい」など人間の考えから生まれたものです。まずは、如何に楽しく移動できるかを頭の中で描きます。ここで初めて細かい技術に注目して設計し、それにかなう「道具」をも創作していく。そして出来上がったものが自動車なのです。そこから企業活動という仕組みが生まれて自動車産業となるのです。いま問われるのは、「自動車産業」が国家の主要産業となり重工業化したことです。将来は、ソフトな家電産業程度になるべきです。新幹線や航空機産業のような大量移動システムではないのですから…。

 「製品を使って便利に暮らしたい」とか、「日々に感動する」という、哲学的ともいうべき思考が必要です。そして頭の中で描いたイメージを書き起こす、これは芸術的な作業と言えます。こうした「暗黙智」をベースに、文化を土台に技術が生まれ、産業となり、形になったものが製品なのです。ですから製品を作る過程では、文化的な要素が必ず含まれてくるものなのです。

 戦後、日本は産業界の方々が立派に企業経営をされたおかげで経済発展を遂げました。その一方で、技術大国となった日本の企業風土は、日本人の強みでありましたが、敗戦により当時の工場長の多くが経営を任されたので、一部では、文化的要素が欠落し人間の直感や洞察力などの創造性よりも、ひたすら産業としての「モノづくり」にまい進する姿勢となり、「精神なき専門人」を生み出したのです。このような戦後の風潮に加えて、日本のIT企業は、「ITは海外から来たもの」という意識があるためか、「IT」を単なる便益のための記号とする傾向が強く、ITの産業革命以来の文明史的な意味など理解することがなかったのです。

日本のIT製品には文化的要素が足りないと訴える合田氏
日本のIT製品には文化的要素が足りないと訴える合田氏
渡辺 日本のIT製品に文化の息吹が欠如しているのは、産業の効率性のみに目を向けてきた戦後産業界の風潮ということですが、精神的支柱ともいうべき日本の心に執着することが、逆説的ではありますが、IT企業がグローバルな視点を持てることにつながるのでしょうか。

合田氏 海外に出て、一度外から日本を見ることが重要です。私が米国へ留学していた頃は、自主的に海外へ行く学生や社会人が少なく、帰国後にはもの珍しそうな目で見る人が多かったです。海外で様々な経験を積んでグローバルな視点を学び、自国の文化を再認識したものでした。その留学の成果を、日本社会も反映しようとする意気込みを感じましたが、現在はそんな傾向が消滅しました。

 日本のIT企業の経営者はこうした意識を受け継いでしまったのか、自国の市場しか見ない人が非常に多いように思います。特にITは、他の産業以上にグローバルに考えなければならない分野であるにもかかわらず、視野の狭さが足かせとなって日本は非常に立ち遅れていると思います。


かつて日本人が持っていた文化と美意識
―「もののあはれ」の文化―


渡辺 製品に文化的な要素がなければ世界に受け入れられるものにならない、とのことですが、日本発のものが世界に受け入れられたよい例があれば教えてください。

合田氏 もちろんです。例えば、日本人の共通イメージを「日本人論」として書いたものとして、明治期の教育家である新渡戸稲造が著した『武士道』(1900年)があります。これは新渡戸がベルギーの学者に「宗教教育なしで、日本はどのように道徳を教えているのか?」と問われて、それに対する回答を考えたのがきっかけで書き始めたものです。

『武士道』を著した新渡戸稲造
(共に国立国会図書館蔵)
『武士道』を著した新渡戸稲造 (共に国立国会図書館蔵)
 『武士道』は、江戸時代までの武士階級の意識と行動について言及しています。農民や商人が大部分であったにもかかわらず、武士が日本人の共通イメージと言えるのは、当時の庶民も「忠臣蔵」などの武士のエピソードを講談や歌舞伎を通じて触れていたからです。当時の子供たちはエピソードを通じて武家社会の理想の人物像を学び、それが道徳教育となっていたのです。
 この本は英語で出版され、当時の米国大統領セオドア・ルーズベルトが愛読したと言われています。出版当時が、日清戦争後で日本に注目が集まっていたこともあり、その後フランス語からアラビア語にまで訳されてベストセラーとなりました。

渡辺 新渡戸は、後に国際連盟の要職を務めるなど、国際人として活躍しています。グローバルな視点で日本を語ったことが、『武士道』が世界中で受け入れられた理由でもあるのでしょうか。

合田氏 それもあります。本の冒頭に「武士道はノーブレス・オブリージュ(高貴なる義務と責任)でもある」と書いてあるとおり、武士階級が培ってきたものを欧州の文化と比較しながら日本人論を述べています。

 また、武家社会というコミュニティで生きていくための哲学である、という観点で書かれていたこともベストセラーとなった要因なのではないでしょうか。武士道の教えは、武士という特殊社会で生きるために必要な仁義なのですね。 普通、武士道というと、「主君に殉じる」ことだけがクローズアップされがちですが、新渡戸の『武士道』は、武家社会というコミュニティのなかでどう生きるか、ということをベースに一般的な人生哲学として書いたものなのです。主君が間違ったことを行いそうになったら、主君に死を命じられる覚悟を持って忠告をしろ、といった人生哲学の書でもありますから、宗教を超えてコミュニティづくりに役立ったのです。ですから、セオドア・ルーズベルト大統領をはじめ、世界各国で読まれたのでしょう。
十牛図
室町時代に日本の禅僧が中国で教わった「悟り」の過程を、牛を悟り、牧童を修行者と見立てて10枚の絵で描き表したもの。
1枚目から7枚目が悟りを開くまでの「自分探しの旅」、8枚目が悟り、9枚目と10枚目が他人に尽くす、「自利利他」の流れになっている。合田周平著「環境力-地球と共生するための哲学」(2008年7月、PHP研究所)参照
所蔵:相国寺(クリックすると拡大します)
渡辺 これも日本の文化に絡んでくると思いますが、合田さんは著書『エコ・テクノロジーの展開』の中で、平安時代初期に興った真言宗の曼荼羅の構図がシステム的に優れていると仰っていますね。

合田氏 曼荼羅の優れた点は、誰もが何となく頭の中で考えているイメージで、表現しづらいものを絵の図式にしたことです。一般の人でも、信仰に理解があれば読み解ける絵になっている点が素晴らしいと思います。 また、室町時代に描かれた「十牛図」という十枚の絵も、難しい教えを、文字を全く使わずに「牛と少年」というわかりやすい設定でストーリーを説明する、立派な漫画(アニメ)コンテンツです。
 曼荼羅や十牛図は、もともと中国から伝承された思想ですが、日本ではこうした哲学を広めるために絵画が数多く作られています。「ITコンテンツ」の元祖です。

渡辺 哲学や芸術など、文化をベースにしたモノづくりが日本にはたくさんあったのですね。

合田氏 江戸時代の国学者・本居宣長は、『源氏物語』で描かれる平安貴族の優雅なる世界を「もののあはれ」という一言で表しています。この言葉は、四季の移り変わりに美を発見する心を生活の基盤とすることですが、心の想いを「美しい形」で表現することができたのは日本人の思考の原点だと思います。

 十牛図や曼荼羅にしろ、それぞれ形のない教えを「絵画」という形にして広めようとしていますし、新渡戸の『武士道』も、明文化されていなかった思想を文字にして世界へアプローチしています。考えや思想、美意識といった形はないけれど皆が共感して認識できるもの、「もののあはれ」という「暗黙智」を形にする、その形にしたものを世の中へ広める、という「思考プロセス」のIT化をかつての日本人は得意としていたのです。

 戦国時代の茶人で有名な千利休は、自分の美意識に信念を持って茶室や道具を揃え、形のない「わび茶」に形を与え「茶の湯」を大成させました。作家の山本兼一氏は小説『利休にたずねよ』で、利休の美意識を「寂とした異界」という言葉で表現しています。
 利休は、これまでに存在していた文化から独自の美意識を見極め、なおかつ自らが使う茶室や茶器などの「もの」を通じて権威づけをしました。茶の湯という文化を産業にしたといってもよいでしょう。
 IT企業に必要なのは、美意識を高め「もの」に心が宿るようにすることで、感動を呼び起こすような製品づくりを可能とする心を育てることです。

渡辺 なるほど、デジタル化して表現することができない暗黙智を汲んだモノづくりの流れさえあれば、かつての自動車のように、IT市場においても世界中で受け入れられるような製品が誕生するということですね。


 日本のIT製品に足りないもの―。それは、自国が育んできた文化だった。文化を内包し、世界中で受け入れられるような製品(プロダクト)を生み出せる企業のあり方、そしてあるべき人材育成の理想像を後半でうかがう。

後編:世界に羽ばたくIT製品を作るには(下)―教育の再生―



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