ソーシャルネットワーキングサービス
社会構造とコミュニケーション
2012/5/21  3/3ページ

社会との関わり


 人と人とのコミュニケーションが大きくなり社会につながる。それではコミュニケーションの変化は、社会にどのような影響を及ぼしているのか? 2011年、Twitterなどを媒介した「革命」がアフリカの各所で勃発した。橋元教授はこれについて「Twitterにより“多元的無知”の解消が行われた」と解説する。“多元的無知”とは一体何であろうか?


 例えば、Bさんが嫌いなAさんがいたとする。しかしBさんが周りの雰囲気を伺ってみるとAさんを何となく好いているように思える。全員が自分と反対の場合強烈な非難を受けることを恐れて、BさんはAさんを嫌いとは言い出しにくく、Aさんが好きなふりをしてしまう。


 しかし実は、みんなAさんが嫌いで、すべての人がBさんと同じように周りの空気を読んだような気になっていた場合、ひとりひとりの考えと結果が大きく齟齬をきたしてしまう場合がある。これを“多元的無知”と呼ぶ。これまであったマスメディアは、多くの場合一括した情報を一方的に流すため、多元的無知をもたらす可能性が高い。

海外のように大規模なデモは確かに日本では起こりづらい

 2011年、カダフィの独裁政権に反発して革命が起こったリビアなどはまさに「嫌いと言ったら自分が制裁されるため、嫌いとはとても言えない状況」(橋元教授)にあった。しかし個人の考え、感情がストレートに発信され、かつ発言の責任が分散されやすいTwitterは「実は自分はAさんが嫌いである」という発言が出やすい下地があり、それに対して人も飛びつきやすい。「実は」と思っていた人々が次々とこの発言に飛びついた結果、大きなうねりとなり、多元的無知の状態が打破されたわけだ。


 一方で「海外では、確かに盛り上がっているものもあるが、こと日本については社会に影響を及ぼすまで大きなうねりなるとは考え難い」と橋元教授は冷静な意見を述べる。橋元教授は長年に渡り、SNSに関する調査を重ねてきたが、そこで浮かび上がってきたのは「それまで行ってきた親しい間柄とのコミュニケーションが、新しいツールでより便利になっただけで広がるケースは少ない」という現実だ。


 たしかにインターネットにより新しい仲間と繋がるケースも増えたが、それはもともと社交的な人間がITツールを使っただけであり、そのような人間はコミュニケーションツールがなくとも留学など違う手段で外とのコミュニケーションを行っている。


 橋元教授はこの原因として「日本人は同調的圧力と言いますか、他人と違うことをしたときの社会的な制裁が怖い。そのため“突出”が社会全体に広がることは中々ありません」と話す。また、そもそも革命のような攻撃的なこと自体、日本国民に合わないとも言われている。もちろん、ゆるやかなところでは市民運動などではすでに使われているが、革命というような暴力的なものが加算される環境がそもそも日本人に向かない。


 一方で「日本人の性質を考慮すると、支援などのようなものには親和性が高い」と西田教授は話す。実際に2011年の震災ではTwitterが“支援の輪”の広がりに大きく貢献した。また2010年の暮れから、2011年の初頭には匿名によるタイガーマスク現象もあった。Twitterのような匿名性はポジティブにもネガティブにも動き、日本人の性質とポジティブさが前に出ると、SNSがより良い使い方をされる場合もある。


これからのコミュニケーション


 直接話をした場合と、メールでやり取りをしている場合で、同じ人物であってもイメージが異なることがある。このとき「どちらかが偽物で、どちらかが本物」というわけではない。SNSという新しいコミュニケーションによって、人類史上ついに見出された人間の新しい一面と考えることもできる。


 ほんの少し前まで、インターネットなどのネットワークは極一部の人が使うアングラなものでしかなかった。しかし圧倒的な普及率を誇る携帯電話とSNSが結び付くことで、ネットワークが非常に手軽なものとなり、結果現在のようにメインカルチャーとして台頭してきた。もちろんSNSはこれまでの様々なコミュニケーション手段の延長として使われるという“あまり変わらない面”も多くある。しかし、新しいコミュニケーションは、人間の在りようを変える面も備えている。


 未来には、見た感じや印象に加えて“ネット上の印象”が人物評価軸の一つになるかもしれない。SNSのような、情報技術を使った新しいコミュニケーションの登場は、人間のありようにひとつの大きな波紋を投げかけ、これまでにない時代へ突入している。

(井上宇紀)

【関連カテゴリ】

その他