東日本大震災 
ITは命をつなげられたか?
東北に築かれる最新地域医療ネットワークを追う
2012/3/19  2/3ページ

 加えて、日本版EHR を医療関係者に切望させた背景が、医療を取り巻く環境の変化だ。田中氏は「高齢化に伴い大きく変わった」と話す。すなわち高度経済成長期時代、国民皆保険ができたころは、病気は急性のものだった。そのため、病気になった患者を完全に健康体にすることで社会に戻すことが主目的だった。病院の数も増え、互いの病院は競争相手という構図だった。


 しかし、高度経済成長も終わり、医療費が削減されはじめた頃、高齢化という問題が鎌首を上げ始めた。すなわち、患者の中心が旧来の様な「急性」ではなく、長期間にわたって病院に通い続ける「慢性疾患」に変化してきたのだ。このため急性の患者を想定した従来型の医療のような完全な健康体に戻す医療よりも、恒常的に通うことで社会生活を営めるように体調を整える機能が求められるようになったのだ。


 そこで、注目されたのが、地域医療だ。かつて医療の最前線と言えば、研究を行っている大学を指すことが多かった。しかし「高齢化」という人口構造の変化と合わせて、現在では地域医療こそ「医療の最前線」と呼ばれることが多い。


 地域医療とは、これまで病院一つで行われていた治療を地域全体で担う医療形態を指す。例えば慢性疾患患者が受ける通常の健康管理などは、地域の診療所などで行い、症状が変化し、より高度な医療が必要になった場合、地域の大病院で受診するというように医療リソースを適切に配分するというもの。


 こうした「慢性疾患患者のケア」を想定した医療の形態「地域医療」を形成するためには、情報の共有が必須であり、医療のIT化や日本版EHRが担う役割は大きいとされる。しかし「厚生労働省や医師会、現場の医師の間で導入に対する温度差がある」「民間の場合はEHRの構築・運用を『採算ライン』に乗せることが難しい」「地域の病院であっても電子化に対してそれほど予算が組めない」といった様々な課題が立ちはだかっていた。


東京医科歯科大学教授・田中博氏
東京医科歯科大学教授・田中博氏

宮城県に構築される新医療ネットワーク


 そうしたなか、発生した今回の震災。計り知れないほど大きい災害が皮肉にもこうした状況から抜け出す大きなきっかけとなっている。現在、田中氏が中心となって取り組んでいるのが、東北地方の医療IT体制の復興だ。「保険・医療、介護、福祉、生活支援サービスが一体的に提供される『地域包括ケア』を中心に据えた体制整備」「情報通信技術を活用した、カルテ等の診療情報の共有化」「行政・医療・教育など地域の包括的な情報のデジタル化・クラウド化」の3つを骨子として進められている。


 今後、構築していくべき地域医療において、田中氏は階層的な地域連携体制を提案している。


 例えば東北大学が中心となり積極的にIT化を進めている宮城県の場合、高齢者のように慢性疾患の治療や介護が必要な患者に関しては「日常生活圏(町村レベル)の区域」で治療を行う。ここでの医療ネットワークは民間診療所や訪問介護施設などを小回りの利くワイヤレスのネットワークを用い、端末はiPadのようなタブレット端末を利用する。


 さらに、日常生活圏レベルで対応できない患者が発生した場合は、より高度な医療を行える「医療圏レベル」の中核病院と小規模病院・公的診療所間をネットワークでつなぐ。この中核病院にデータセンターを設立し、そこに「SS-MIX標準化ストレージ」というものを置いて、患者の診療情報を蓄積する。


 この「SS-MIX標準化ストレージ」とは厚生労働省が医療機関を対象とし、医療情報を共有することで医療の質を向上させることを目的とした「厚生労働省電子的診療情報交換推進事業」( SS-MIX*2)の一環として規格化・標準化されたストレージだ。ネットワークインフラから配信された患者の医療情報を蓄積することができる。

中核病院と診療所のネットワーク 出典:田中博氏資料
(クリックすると拡大します)

 一方、沿岸部にある民間の診療所と中核病院間については、利用者にとっては手軽で構築の費用が安価なASP(Application Service Provider)型電子カルテシステム用いる。これはネットワークを通じてアプリケーションを利用することができる電子カルテで、それによって得た患者の情報を、中核病院にあるデータセンター内のASPサーバ経由でSS-MIX標準化ストレージにデータを共有することができる。

>>復興へと進む地域連携とは?

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