Editor’s note:「科学と予算と二進法」:HH News & Reports:ハミングヘッズ

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2011/10/3
「科学と予算と二進法」

「科学と予算と二進法」


 芥川賞作家・花村萬月さんの著作に『二進法の犬』という作品があります。やくざ社会を垣間見てしまったエリート崩れの主人公を通して、白か黒かという“二進法”を徹底して生きる組長の峻烈な生きざまが描かれています。まだ10代の頃に読んだのですが、私にはそのきっぱりとした生きざまがうらやましいと同時に、とても恐ろしいものに思えました。

 なぜこんな話をしたかというと、2009年の「京」と事業仕分けをめぐる日本社会の反応が、二進法じみていたと思うからです。それも、作中の組長のように確固としたものでなく、無自覚の二進法とでも言いますか。仕分け人と科学者、どちらが正しいのか。どちらが白で、どちらが黒なのか。私自身、最初のうちは無意識のままそんな思考回路に陥っていましたし、マスコミをはじめとして世論もそうだったような気がします。しかし考えてみれば、どちらかが全面的に正しいという話ではないのですよね。

 次世代スパコン事業が継続したこともあり、仕分け人が黒で科学が白、というところで世論は落ち着いたように思いますが、事業仕分けの発言を議事録で丁寧に読み返せば、建設的な意見や指摘もけっこうあります。一方で、あの頃緊急声明を出し政府を批判していた科学者側。科学と日本の未来を憂うその姿は立派でしたが、巨額を投じた事業の見通しの甘さに対して批判さえ許さないというならば、それはそれで傲慢だとも言えます。完全な白も完全な黒もない。世の中、そんなに単純じゃないですよね。

 安易な二進法の一番の利点は、さっさと白黒決めて忘れてしまえることで、「京」に関しても社会は「そんなこともあったね」モードに入っているのではないかと懸念します。今回の特集を組むまで、他でもない私自身がまさにそうだったんですけれどね…。しかし、取材を通し、「京」がようやく産声をあげようとしているのだ、と知りました。生まれる前に大騒ぎして、生まれた後は知らんぷりじゃ、意味がありません。これからこそ見守っていきたいなと、強く思いました。

(井上恭子)