寄稿
電子書籍の近未来
三田誠広 作家・武蔵野大学教授
2012/12/27  1/2ページ

【第5回】デジタル時代の文学とは

三田誠広氏 三田誠広氏
作家・武蔵野大学教授・日本文藝家協会副理事長。1948年、大阪生まれ。早稲田大学文学部卒。1977年、『僕って何』(角川書店)で芥川賞受賞。作品は『いちご同盟』(集英社)『空海』(作品社)など多数。2011年より武蔵野大学教授就任。

キンドルなど電子書籍端末が登場し、その存在に関心が高まっています。デジタル化の流れに対応していく書籍や、そうした環境下での著作権保護の動き、さらには電子書籍の将来について、芥川賞作家で武蔵野大学教授・日本文藝家協会副理事長の三田誠広氏に解説していただきました。最終回はデジタル時代の文学についてです。


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今の時代の文学

 今回は最終回なので、文学について考えてみたい。世の中には文字情報が氾濫している。パソコンやケータイをネットにつなげば、大量の文字情報が出てくるし、テレビのデータボタンを押しても文字が表示される。だがそれはただの文字情報にすぎない。中世と呼ばれた時代には、文字の読める人は少なかったので、アーサー王伝説や平家物語は、リュートや琵琶をもった語り手が、歌うように語ったのだった。語られたものであって、伝説や物語は文学だと考えることができる。語る人と聴き手とが、伝承の文学を支えてきた。むろん文字の読める人々は、源氏物語を筆で書き写したりして、文学というものを伝えてきた。わたしたちの現在は、そうした文学ファンによって支えられている。


 映画やアニメが普及した現代でも、人は文字だけで書かれた文学に感動したり、涙を流したり、時には昂奮したりする。わたしは文学を至上のものと考えているわけではない。文学というものは、数ある文化の一つにすぎないのだが、かなり長い歴史があるし、それなりに尊重すべきものだと考えている。とくに日本語というものは、地球全体でも一億人ほどの限られた人々しか使っていない特別な言語で、そこから世界に誇るべき固有の文学の歴史をもっているという点でも、貴重なものだと考える。多くの大学には文学部が設置されている。日本の各地にはその地にゆかりのある作家を記念する文学館が設置されている。文学というものが一つの伝統になっていることはまぎれもない事実だ。


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電子書籍と文学

 わたしは自分でも小説を書いているし、文学部の教授もしているので、文学でメシを食っているといってもいいし、文学というものはすごいものだと考えているので、電子書籍といった新しいメディアの出現で、文学に悪しき影響が生じることのないようにと願っている。ネット時代の初期の頃には、縦書きにこだわらなくていいとか、漢字は8千字ほどあればいい、といった議論をするネット関係者がいないわけではなかったが、現在では、縦書きルビつきのフォーマットは必要不可欠であり、正確な漢字が表示されなければならないという認識が一般にも広がっている。文学というものが、紙の本だけでなく、電子書籍においても重要なコンテンツになるということは、業界の関係者も認めていることだろうと思われる。


 わたしは大学で小説の書き方を教えている。もう20年くらいこの仕事をしているので、パソコンが普及する前(専用ワープロはあった)の時代から、若者たちと接してきた。パソコンが普及し、ネット社会になっても、学生たちが文学に取り組む姿勢には、まったく変化がない。ネット社会になっても、劇場やイベントに足を運ぶ人がなくならないのと同様に、パソコンやケータイの文字情報に慣れた若者たちにとっても、文学というのは大切なものだし、紙の本を読むという習慣がなくなることはないだろう。

>>紙の書籍と電子書籍を比べると?


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