『下剋上受験』

著:桜井信一
産経新聞出版
\1512/351ページ
発売日:2014年7月26日
両親は中卒 それでも娘は最難関中学を目指した!
読後、ほんとうに私たちは熱血根性物が好きだということを再確認させられた。
筆者である父親が直球過ぎる。情報の収集など、よそ見をせずに中学受験だけを目的に行動している姿からは時に爽やかな感動すらうけるのだ。
父親は「ただただ生きている。楽しいことや嬉しいことなんてほとんどない。ひとつだけあるとすれば、娘に出会ったこと。無数にいる父親候補の中から、よりによって私のような馬鹿を選んで娘になってくれたこと」と語る。
現在の自分と同じ境遇から娘を抜け出させるため、父親と小学5年生の娘が話し合い中学最難関を受験すると決めたところから話は始まる。
本書は、1人称の本であり、父親を通して娘の声が聞こえてくる。受験には「する側」「させる側」の2者が存在するが、本書はさせる側の視点で語られたものなのだ。
中学受験とは、する側にとってどのようなものなのか? 私は中学受験をしたことがないので、中学受験を経験した同僚に聞いてみた。自分から希望して、親の意向で、という 2 通りのケースがあった。
希望したケースでは、所属する場所に対する違和感と向上意識から塾に通うことを決めた。塾では同じ目的を持った仲間ができた。親の意向のケースは、勉強は嫌だったが、成績は良い方だったので、なんとかできた。という話を聞くことができた。
本書の場合、娘は所属する場所に対し違和感をもってはいないものの、向上意識と父親との二人三脚をエネルギー源に受験に臨んでいる。
受験には受験した人の数だけケースがあり、どれもが独自である。本書に書かれていることも、その1つに違いない。
目新しい点があるとすれば、父親が娘と同じ数だけ問題を解き、考え、娘にそれを教えるというところかもしれない。この過程で父親は、自分がするべき時に勉強をしなかったことを反省し、勉強の面白さを発見して涙する。
「相手との距離感をつかんだ以上…これは間違いなく辿りつくよ」と娘が。父親は「この先娘がぶちあたる壁の前で立ち往生したとき、その壁の高さを少しでも理解できる親でいるために、できる範囲で勉強を続けようと思う」と言う。
本書86ページに「人生表」なるものが載っている。東大受験が18歳、卒業が24歳という人生の予定表になっている。卒業まで6年かかるので薬学部か医学部ということなのだろう。この表の通りに歩むことができればよいのだが、表の通りに進まなくなったとき父親はどのように対処するのだろう。
しばらくは親子の二人三脚が続き、知らず知らずのうちに一緒にすることが減っていき、そして無くなっていく。そのとき父親はどうするのか。娘を持つ身として他人事とは思えない。
受験のノウハウを得るために本書を手に取ることは間違いだろう。それは先に書いたように受験生の数だけケースがあって、他のケースは自分の場合と同じではないからだ。それに、本書にはあまりノウハウは書かれていない。
タイトルに惹かれて手に取った方も多かったと思う。私も帯を見て手に取ったくちだ。本に書かれていることは、読み手の状況によって受け取り方に違いが出てくる。私の娘は中学受験をしたが既に成人しているので本書を中学受験に向けてという視線で読むことはできなかった。
そこで、勉強することとは何か、記憶するとは何か、子どもに寄り添うこととは何か、父とはなんのためにあるのかを再考・反省しながら読ませてもらった。
本書は、受験という舞台設定の上に書かれた父娘の物語なのではないだろうか。 続編が出ることを期待したい。
