Bookshelf ~今月の本

『冥土めぐり』

冥土めぐり_著:鹿島田真希

著:鹿島田真希
河出書房新社

\1470/162ページ
発売日:2012年7月30日

2012/10/25

第147回芥川賞受賞作品、小旅行をする夫婦、妻の葛藤


 中年にさしかかる直前の夫婦の小旅行。


 第147回芥川賞を受賞した「冥土めぐり」。概要を言えばそれでまとまってしまう。それに「夫・太一が重い病を抱えており、体が自由に動かない」「妻・奈津子には母と弟は裕福だった過去の執着しており、奈津子自身その呪縛から逃げ切れていない」「奈津子は太一の病気を幸運だったと思っている」というエッセンスを加えることで、1つの物語へと仕上げている。

 小旅行の行き先は、昔は高級でありながら現在は1泊5000円の保養所となってしまったホテル。奈津子とその母・弟らは、過去の裕福な時代に高級であったこのホテルに幾度か泊りにきている。

 過去の栄華の面影を残すホテルを見るたび、奈津子は裕福な頃とともに母や弟とのやりとりを思い出す。しかしそれは決して美しいものではなく「うんざりするような嘔吐したくなる」ような記憶。そして、ふと現実に引き戻される度、重病の身ながら自らを不幸と嘆く素振りも見せず、ただひたすらありのままを受け入れる太一の姿に奈津子はあきれながらも、安堵を得る。

 そうした対照的な2者の対比を繰り返しから、小旅行で得た奈津子の心理的な変化と選択が結論として提示される。

 さすが芥川賞を受賞した作品なだけあり、文章の完成度は高く、非常に読みやすい仕上がりになっている。過去に執着し続ける母と弟の醜さ、そして聖人のような太一の清らかさ、という比較も非常にわかりやすい。

 一方で主人公であるはずの奈津子の描写が乏しいのには、食い足りなさを感じる。2者の対比を鮮明にするための技法なのかもしれないが、結論を鮮やかに浮かび上がらせるために、もう一工夫が欲しいとも感じた。

 なお書籍にはもう1つ『99の接吻』という作品も収録されているが、表題にないため、書評は割愛させて頂いた。

(井上宇紀)