連載「暗号と暗号史」

このエントリーをはてなブックマークに追加
2011/5/19

【第3回】暗号史の中の日本~戦国時代の「上杉暗号」~

「ヴィジュネル暗号」が発明されるなど、ヨーロッパではルネサンス前後から、暗号技術が急速に発展した。翻ってシルクロードの終着点、日本ではどのような暗号があったのだろうか。連載第3回では戦国時代に考案されたといわれる「上杉暗号」をベースに、日本と西洋の暗号を比較する。

上杉謙信の家臣、宇佐美定行が考案した「上杉暗号」

 ヴィジュネル暗号が発表されたのは16世紀。同時期の日本は、各地で大名が群雄割拠し、覇権を争った戦国時代である。「上杉暗号」は、当時「軍神」と恐れられた越後(新潟県)の戦国大名、上杉謙信(1530年~1577年)に由来する。

武経要略。このうち第2巻・上の「行間篇」に上杉暗号が記されている(玉川大学図書館蔵)
武経要略。このうち第2巻・上の「行間篇」に上杉暗号が記されている(玉川大学図書館蔵)

 謙信の家臣であった宇佐美定行が記したという兵書・『武経要略』の「行間篇」という一節に「字変四十八」として紹介されている。


 この方法は、ヴィジュネル暗号のように、平仮名を7マス四方の表に入れて縦横に数字を割り振り、平仮名に対応する数字で暗号化するもの。換字式暗号の一種である。


 例えば「てきみゆ」(敵見ゆ)という平文を送る時は、横に対応する数字と縦に対応する数字を順に記す。

平文文字:てきみゆ
暗号文字:五七 六三 六六 六四

図、「字変四十八」の表
図、「字変四十八」の表

 この表は、数字を並べ替えたり、和歌の下の句(5・7・5・7・7の7・7の部分)の平仮名を当てはめたりすることで相当数のパターンにすることができる。上杉謙信の家臣によって考案された暗号といわれる「上杉暗号」だが、一説には江戸時代以降に創作された可能性も指摘されている。


アルファベットVS漢字

 中世ヨーロッパ圏では多様な暗号が考案され、使用されていた。(詳細は暗号と暗号史【第2回】を参照)


 これまで紹介したシーザー暗号からノーメンクラター、ヴィジュネル暗号の他、アルファベットそれぞれの使用頻度に応じて1種類から数種類の数字を割り当てるホモフォニック暗号など、多様な暗号理論が展開されていた。「暗号文化」華やかりしヨーロッパに比べ、日本では「上杉暗号」が記される以前の歴史の中で際立った暗号理論というものが説かれていない。


 一番の理由は、使用している文字が表音文字と表意文字の違いからきているようだ。「耳」や「口」など、漢字は文字それ自体に意味を含んだものである。戦国時代、織田信長の庇護を受けていたポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは、著書『ヨーロッパ文化と日本文化』(岡田章雄訳)の中で、「彼ら(筆者注:日本人)は仮名のABC四十八文字と、異なった書体の無限の文字とを使って書く」と日本語を説明している。


 表音文字のみで構成されたアルファベットは、記号的に扱うことが簡単だ。アルファベット圏のヨーロッパと違い、漢字文化の中の日本では、仮名文字があったとはいえ、暗号の研究は不向きであったと言えるだろう。


 次回は20世紀、第1次世界大戦に米国が参戦するきっかけを作った英国の暗号解読を紹介する。

(中西 啓)

>>暗号と暗号史【第4回】へ


【関連カテゴリ】

情報セキュリティ