連載「暗号と暗号史」

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2011/4/14

【第2回】暗号解読で処刑された女王~中世の暗号史~

「シーザー暗号」を始めとする1つのアルファベットを別の文字に置き換えて暗号にする「単一換字式暗号」は数世紀にわたって使用されたが、次第に解読されていくようになる。

 「暗号と暗号史」第2回は、暗号を解読されて命を落としたスコットランドのメアリ女王、そして単一換字式暗号から発展した「ヴィジュネル暗号」を紹介する。

暗号解読が生死の分かれ目となったスコットランド女王、メアリ・スチュアート
暗号解読が生死の分かれ目となったスコットランド女王、メアリ・スチュアート
 

単一換字式暗号の弱点

 シーザー暗号を含めた「単一換字式暗号」は、アルファベットをどう置き換えるかによって暗号を決める。この暗号の弱点は、アルファベット1文字につき1つの暗号文字しか割り当てられないことである。


 アルファベットを3文字ずらすと決めれば、平文「A」は「D」に置き換わるだけ。また、仮に「A」を「R」に換えるなどでたらめにしても、第3者に「単一換字を使っている」と検討を付けられれば、通常の英文でアルファベットがそれぞれどのくらい使用されているか、その使用頻度などを当てはめて解読されてしまう。


 外交活動が活発になった中世ヨーロッパでは、秘密を保つために頻繁に暗号が使用されていた。なかでも有名なのが、英国のメアリ女王がやり取りしていた暗号だ。


スコットランド女王は暗号解読で処刑された

 スコットランド女王メアリ・スチュアート(1542年~1587年)は、イングランドのエリザベス女王(1533年~1603年)暗殺を企てたとして有罪となり、処刑された。死刑を宣告された裁判で提示されたのは、メアリと共謀者とのやり取りで使用されていた暗号の解読文だった。


 メアリと共謀者が使用していた暗号は「ノーメンクラター」と呼ばれる。ノーメンクラターとは、アルファベットを置き換える他に、フレーズを記号などに置き換える「コード」を加えたもの。


 メアリたちが使用したのは、

・23のアルファベットを記号などに置換(例:Z→9)
・数個の無意味な記号(「冗字」と呼ばれる)
・数10個のコード(例:and→2)

 以上を組み合わせたものだ。「冗字」は、単一換字式の弱さを補うための、何も表さないダミーの記号や文字である。しかし、エリザベスの側近でヨーロッパ中にスパイ組織網を敷いたフランシス・ウォルシンガム(1530年頃~1590年)が、メアリの手紙をひそかに入手する。


 ウォルシンガムは部下に解読させてしばらく手紙のやり取りを行わせ、メアリがエリザベスの暗殺を手紙に記したのを見計らってメアリらを一網打尽にし、関係者全員を処刑した。メアリと血縁関係のあるエリザベスはメアリに対する極刑をしぶったが、この証拠が決め手となり、メアリ処刑執行へのサインをしたという。


多換字式暗号「ヴィジュネル暗号」の登場

 1つの文字を変えるパターンが1個の単一換字式暗号は、時代が下るにつれて次第に解読されるようになった。メアリがやり取りしていた暗号も、冗字やコードを混ぜているが、単一換字式を使用しすぎていた。それゆえウォルシンガムの部下に解読されてしまい、命を落としてしまった。


 またノーメンクラターは、対応する文字をまとめたもの(コードブック)を作成する必要がある。これは膨大なものとなる上に、コードブックを変更する度に他人にばれないよう共有しなければならず、大変な仕事となる。


 このような問題を抱えた単一換字式やノーメンクラターに代わるべき暗号の研究は、15世紀頃から始まっている。この方法を研究した人物はドイツの聖職者ヨハネス・トリテミウス(1462年~1516年)、イタリアの科学者ジョヴァンニ・ポルタ(1543年頃~1615年)などがいる。


 彼らは1つの平文文字が複数の暗号文字になるような研究をしていた。これは「多換字式暗号」と呼ばれる。この方法の中では、1586年に発表したフランスの外交官、ブレーズ・ド・ヴィジュネル(1523年~1596年)が考案した「ヴィジュネル暗号」が有名である。

図、ヴィジュネル方陣。キーワードにした「CHUOKU」を色分けした(クリックすると平文「HUMMINGHEADS」の暗号アルファベットが順に表示されます)
図、ヴィジュネル方陣。キーワードにした「CHUOKU」を色分けした(クリックすると平文「HUMMINGHEADS」の暗号アルファベットが順に表示されます)

 では平文「HUMMINGHEADS」を、ヴィジュネル暗号を使用して暗号化してみよう。まず、キーワードを決めて、平文と並べる。ここでは「CHUOKU(中央区)」を使用する。

平文文字  :HUMMINGHEADS

キーワード :CHUOKUCHUOKU

 これから暗号化の作業に入る。上記のヴィジュネル方陣は、最上部が平文のアルファベット、左端の列がキーワードとなるアルファベットだ。最初の平文文字「H」に対応するキーワードのアルファベットは「C」、ヴィジュネル方陣「2番」の行に当てはまる。


 2番の行と、平文「H」の列が交差するところ、「J」が暗号アルファベットになる。同じように、次の平文アルファベット「U」はキーワード「H」に対応するので、暗号アルファベットは「B」。これを繰り返すと以下の暗号文が完成する。

平文文字 :HUMMINGHEADS

キーワード:CHUOKUCHUOKU

暗号文字 :JBGASHIOYONM

 平文で2回出てくる「M」はそれぞれ「G」「A」、平文「H」は「J」「O」と、複数のアルファベットに変換される。1つのアルファベットが複数の暗号アルファベットに変換される「多換字式暗号」では、単一換字式暗号で使用されていた分析方法は使えなくなり、また、使用するキーワードを長くすればするほど、ほとんど解読が出来なくなる。


 ヴィジュネルがこの「多換字式暗号」を発表したのは、奇しくもメアリが処刑された前年の1586年。ヴィジュネル暗号を使えば、あるいは彼女の運命も変わったかもしれない。


 次回は、ヴィジュネル暗号が誕生したほぼ同時期の16世紀、戦乱に明け暮れていた戦国時代の日本で考案された暗号といわれる、「上杉暗号」を紹介したい。

(中西 啓)

注:メアリの使用したノーメンクラターは、便宜的にテキスト表示しています。


>>暗号と暗号史【第3回】へ


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