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シミュレーションソフト研究の可能性について産学が講演

 東京大学生産技術研究所では、東京大学駒場キャンパスIIにある生産技術研究所コンベンションホールで「イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発」プロジェクトシンポジウムを開催した。

 同プロジェクトは、文部科学省が推進する「次世代IT基盤構築のための研究開発」のうち、ものづくり分野に必須の「シミュレーションソフトウェア」について、2008年10月から東京大学生産技術研究所が中核拠点となり研究開発を推進しているプロジェクトだ。
 今回のシンポジウムは2009年7月30~31日の2日間にわたり、実際に現場でシミュレーションソフトを利用している企業からの提言と、ソフトウェアを開発しているプロジェクトの研究者からの発表に加え、両者の意見交換がおこなわれた。

加藤教授は「これからのシミュレーション技術には、従来の概念を超えた役割が求められている」と語る
加藤教授は「これからのシミュレーション技術には、従来の概念を超えた役割が求められている」と語る
 東京大学生産技術研究所 革新的シミュレーション研究所センター長の加藤千幸教授は「高品質製品の創出を得意としてきた日本のものづくりプロセス・プロダクトにおけるイノベーションを創出するため、シミュレーションソフトウェアの研究開発を推進する必要がある」と本プロジェクトの意義を述べた。

 プロジェクトが進めている「シミュレーションソフト」は、「ものづくり」「バイオ」「ナノ」の3分野への適用が想定されている。
 「ものづくり」分野については衝突時の被害状況などを予測する自動車開発分野のシミュレーターが紹介された。衝突時の被害状況をシミュレートできれば、テストをするための試作品を作る期間と費用がかからない上、事故時における人体(内臓や骨など)への負荷など通常のダミー人形では再現不可能なデータまで計算できるため、シミュレーションソフトの価値は非常に高い。
 「バイオ」分野では、 統合データベースプロジェクト*1のようなPDB(Protein Data Bank=蛋白質構造データバンク)を利用したシミュレーションソフトによる、薬品開発において臨床試験を行う前段階の検証や実験を省略・合理化。「ナノ」分野では、半導体集積回路の回路設計やデバイス・プロセス開発などへ、シミュレーションソフトウェアを応用する事例が語られた。

 実際の自動車や薬品を製作して行う実験と比べて、コンピュータ上で行うシミュレーションは、コスト・手軽さ・回数なども比較にならない。製品を使用した際にどのような現象が起こるか何度も試すことができれば、問題点や解決方法も発見しやすく、開発における技術のイノベーションも非常に起きやすいといえる。

 招待講演では、ものづくり分野の緻密な計算に、高精度シミュレーションソフトがすでに不可欠な技術となっている状況を示唆。プロジェクトによる、さらなる計算技術の進歩に期待をにじませていた。

 このような複数部位からなる製品の複雑で精緻なシミュレーションを行うには、「高精度・高速度」且つ「同時並列」の課題を満たす必要がある。まず部位ごとに計算し、その上でこれらの計算を統合した全体のシミュレーションを行うことで、初めて完璧な再現が可能となる。
 また、実際にほとんどの工業製品に対して統合された全体の高精度シミュレーションを完璧に行うことができる目安として、1000億メッシュという単位が挙げられた。
 メッシュとは流体力学などにおける「計算網」のこと。1つの構造を網(格子)状に分け、網ごとに計算を積み重ねることで、全体を予測する。1000億メッシュつまり、1つの構造体に対して1000億の計算点(網)を設けることできるシミュレーターであれば、部屋の中にあるナノ単位の乱気流まで計算に入れて予測することができる。ところが、現在の計算速度の限界は1億~数億メッシュ程度であり、目標の1/1000しかない。

 加藤教授は「メモリ容量とハードディスクの負荷がボトルネックとなっており、現状においてはこれ以上のスペックを望むことはできない。つまり現在のコンピュータでは、これ以上の速度での解析は不可能」と述べた。引き続き高性能化・高機能化を進めていくとともに、作業全体の解析速度向上させるために「ユーザ側のデータハンドリング負荷軽減、つまりはソフトウェアの使い勝手を改善」することを提案。今後のシミュレーションソフトウェア開発における課題は、ユーザインターフェイスにあると述べられた。

シミュレーションソフトが抱える課題について幅広い分野から議題があがった
シミュレーションソフトが抱える課題について幅広い分野から議題があがった
 ほか、現場でソフトを利用する立場の「産」とソフトウェアの開発など行なうシーズ*2の「学」、双方から有識者が参加したパネルディスカッションも行われ、「ものづくり」「ナノ」「バイオ」3分野のシミュレーションソフトに共通する課題について議論された。

 まず参加したパネリストは、日本のソフトウェアが抱える大きな課題として「米国が日本より先進的である」現状を述べた。その理由として加藤教授は「日本では学と産をつなぐような『ベンチャー企業』の存在が少ない」と語る。
 企業側は、すぐに使える技術でないと手を出しづらい。一方、技術者が現場を通さずにいきなり使えるような技術まで開発を進めることも困難だ。そのため冒険的に新技術に手を出すベンチャー企業のような存在が、研究者と業界のかけ橋になる。

 ものづくり分野として横浜国立大学安心・安全の科学研究教育センターの白鳥正樹特任教授も「ソフトウェアはビジネス界で切磋琢磨しながら改良される」とし、ベンチャー企業が創出されやすい体制づくりの必要性を訴えた。

 またシミュレーションソフトを開発する「シミュレーション研究者」が育っていないという問題点も挙げられた。
 バイオの分野について大阪大学 蛋白質研究所附属プロテオミクス総合研究センター長の中村春木教授は「シミュレーションソフト開発は高精度の計算をするための数学的な能力に加えて、ものづくり分野なら自動車の空気抵抗を図るための力学、バイオ分野ならタンパク質の薬品反応を調べるための生物学など、多分野に渡る知識が必要」と語り、大学が全学科にわたって開発に携わるような「総力戦」を行える仕組み作りが必要だとした。

 PCを用いることで、セキュリティや情報漏洩など会社の負担が増加しているとさえ言われることもある昨今、「人間の代わりに超高精度の計算をさせる」というPC本来の働きを最大限に活用する試みは、我が国にとって大きな意義のあるプロジェクトといえる。日本の産業が、世界に対して優位性を保ち続けるためにも、同プロジェクトの今後の動きに注目したい。


※この講演とセキュリティプラットフォームは一切関係ありません。




注釈

*1:統合データベースプロジェクト
生命化学分野に応用するための、生物情報・実験結果など爆発的に増加する情報を整理・統合したデータベース製作を目的としたプロジェクト。文部科学省から委託された大学共同利用機関法人が現在推進している。統合データベースプロジェクトについては「セミナーレポート 生命科学分野によるデータベース利用を産官学が提案」を参照。

*2:シーズ
企業等が有している、開発技術・商品アイデアなどを指す。このようなアイデア・技術をもとに顧客に売れるように商品化していくことを「シーズ志向」と呼び、それに対して、顧客の要求に基づいて商品を開発していくことを「ニーズ志向」と呼ぶ。


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