セミナーレポート

量子コンピュータに関する講演

第一人者が考える新型マシーンとは?

2011/11/10

講演する山本氏
講演する山本氏
 2011年8月1日「新しい情報社会の扉を開く量子技術」と題した講演が、東京都千代田区の国立情報学研究所で行われた。当講演は、国立情報学研究所が主催する「国立情報学研究所市民講座」内で行われた。講師は同研究所の教授であり、スタンフォード大学応用物理学科・電気工学科の教授でもある山本喜久氏。

 現在社会で使われている電子コンピュータは、プログラムとして命令を入力されるとそれに従って計算を行い、処理することで様々なことを2進数で実行する。しかしプログラムにある何らかの計算をする際、1ビット(2進数で1桁)の命令について0と1の入力に対する計算、双方を実行し、それが終わると次の命令について再び0と1の同じ計算を繰り返して命令をこなすという、総当たりの手順を踏んで動作している。つまり2ビット(2進数で2桁)であれば、00から01、10、11の計4回を計算する必要がある。たとえスーパーコンピュータでもその手順は変わらない。

 これに対して量子コンピュータの1ビットは、0と1の双方を同時に持ち合わせるため、2ビットであっても1回の計算ですむようになる。桁数が上がればその優位性は顕著になり、10ビット(2進数で10桁)で電子コンピュータは1024回の計算をするのに対して量子コンピュータは1回の計算ですむ理屈だ。実現すれば、手順を大きく飛ばして一瞬で解答を得ることができるスピードが、大きな優位性になる。どういった原理で、理論上とはいえそのスピードを可能にしているのか。

 講義は量子力学の基礎から開発の最前線にまで及んだ。

ふしぎな量子の世界


 そもそも量子とは物理量の最小単位のことで、あまりに微小であるため「状態」と「物質」の区別がない。山本氏は2つの実験を引き合いに出し、そんな量子の特性について説明した。


 2つのスリット(溝)の入った板に光を当てる実験を行うと、板の向こうの壁に明暗のある縞模様ができる。これを干渉縞といい、複数の波動の干渉作用によって生じることから、光が波動であるとわかる。一方で、物質に光を当てると電子が発生するという光電効果を確認する実験から、光が一定のエネルギーを持った粒子であることもわかっている。このように、状態の性質である波動性と、物質の性質である粒子性を併せ持つものが量子と呼ばれている。さらに、2つのスリットが入った板を使った実験を発展させ、最大でも光子が1つしか伝搬しないという状況を作り出して実験をした際にも、干渉縞が見えることを確認した。山本氏はこの実験について「どうしても1つの光子が2つのスリットを同時に通過していると考えないと、理解できない。つまり、光子というのは粒子であるのだが、2つの異なった場所に同時に存在することができる波でもあると考えざるを得ない」と説明した。


平日の夜にも関わらず会場は満席だった
平日の夜にも関わらず会場は満席だった

光子の偏光と量子パラレリズム


 山本氏の話は光に焦点をあてて進んでいった。


 光は電場と磁場が振動しながら空間を伝搬する電磁波という波動のひとつである。複数の振動方向の波動が合わさり構成されているが自然光であるのに対して、特定の方向にのみ振動する「偏光」した光があることが確認されている。振動方向が円を描く偏光を円偏光といい、回転方向によって、右まわり円偏光と左まわり円偏光がある。そして、光は光子でもある。つまり「電子や陽子が生まれながらにして持っているスピンと呼ばれる自転を、光子も持つことができるということ」(山本氏)。この性質を考え併せると、「量子パラレリズム」という驚異的な概念が生まれる。


 1つの光子の中には、右に回る状態と左に回る状態が同時に存在し、そのはざまのどんな状態でも取り得る。そして、先の、光子のひとつふたつのスリットに通した実験結果を踏まえると、光子は同時に複数の場所に存在できる、ということになる。その意味するところは、単一光子はたった1つの粒子であるにもかかわらず、ほとんど無数の異なった場所で異なった状態を同時にとることが出来るということだ。これが「量子パラレリズム」、量子コンピュータが総当たりの手順をすっ飛ばして一瞬で解答を得ることが出来る仕組みの大元である。コンピュータ内で、1個の光子をM個の異なった場所に同時に存在させ、しかもそのすべてで偏光状態を変えることで、多数の光子集団は2のM乗通りの異なった状態を作り出す。そして計算を同時に行わせることで、1回の計算で答えを得ることができるという理屈だ。


従来型量子コンピュータの実現性と新発想のレーザー・マシーン


 しかし山本氏は、従来の設計思想に基づく量子コンピュータは実現不可能ではないかと言う。従来型の量子コンピュータには、10億分の1ミリメートルほどの量子ドットに電子ひとつをトラップして、これを量子ビットとして使うが、この量子ビットは状態を保つことが非常に難しい。そのため、何重もの階層構造を取って量子ビットを保護することで、はじめて誤りのない量子コンピュータが出来るが、完全な保護は現実的ではないそうだ。山本氏は、「何100年経っても実現できるものではない。『SFだ』と言われたらその通りだと思う」と持論を展開した。

新発想のレーザー・マシーンは実現できるのだろうか?
新発想のレーザー・マシーンは実現できるのだろうか?

 では、山本氏はどんな方向性で研究を進めているのか。実現可能な量子コンピュータとして氏が提案したのが、レーザー光を活用する新発想のマシーンだ。


 マシーンの仕組みはこうだ。メインのレーザー(マスターレーザー)の光を、信号を絶縁するアイソレータを介してM個のサブレーザー(スレーブレーザー)に送り、すべてのサブレーザー光をメインレーザー光と同期させる。すると多数の光子集団が2のM乗個の違った状態をあらわすことになる。さらに、1つのスレーブレーザーの偏光状態を、フィードバック回路を通して他のスレーブレーザーに教えることが出来る仕組みになっているという。そして、システムは全体として1つの大きなレーザーとして作用する。


 これらの仕組みによって、まるで生き物のように特定の偏光状態を自ら見つけ出し、最適状態を実現するというのが動作原理だ。「計算が始まる前には、すべてのスレーブレーザーは同じ偏光状態にあるが、そこから試行錯誤を繰り返す。1番目のスレーブレーザーは右回り円偏光、2番目は左回り、最後のM番目は…という特定の偏光状態を、(サブレーサーが90台あれば)2の90乗の中から1つだけ選び出して、その状態で落ち着く」(山本氏)。つまり回路に求めたい条件を組み込み、レーザー発振させると、レーザー光が回路に合う状態に変わり、条件に最適の光(問題に対する答え)が出る仕組みになる。


 レーザー光を使うことで、従来型のように保護のための大規模な装置が必要なくなるそうだ。山本氏は、このマシーンが実用に耐えうるものになるかどうかはまだわからないとしつつも、「非常に大きな発明というのは、基本的な着想を得てから、実現されて世の中に出るまでだいたい5年かかる。このマシーンについても5年ほどで答えは出てくるだろう」と締めくくった。


 私たちが体感している「常識」を覆す論理の上に成り立つ量子コンピュータ。まるで魔法やSFのようなそれを現実のものにしようと、多くの研究者たちが意欲を燃やしている。その最先端にいる山本氏の話からも、試行錯誤とそれでも挑み続ける熱意を感じ取ることが出来た。彼ら研究者の頭の中にあるアイデアが現実になった時、社会は新しい扉を開くことになるのだろう。

(井上恭子)

【セミナーデータ】

イベント名
:「新しい情報社会の扉を開く量子技術 量子コンピュータは本当に実現できるのか」
主催   
:国立情報学研究所
開催日  
:2011年8月1日
開催場所 
:国立情報学研究所(東京都千代田区)

【関連カテゴリ】

IT政策その他