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公認会計士松澤大之
内部統制で変革すべき
は“個人の意識”
(動画あり)

佐藤 幸治 京都大学名誉教授に聞く 
自己情報コントロール権と個人情報保護の今後

京都大学名誉教授
佐藤幸治
自己情報コントロール権と個人情報保護の今後

 日本にまだプライバシーの考え方が十分に理解されていなかった時代に、プライバシーの考え方の本質は「自己情報コントロール権」であるとする学説が提唱された。のちの個人情報保護法などをはじめ、個人情報保護に対する考え方に影響を与えた学説だ。提唱当時の背景や今後の個人情報保護について、提唱者である京都大学名誉教授の佐藤幸治氏にお話をうかがった。

 現代の情報化社会では、国家や企業などに無数の個人の情報が集積されている。本人の知らないところでやりとりされた個人情報が、本人に不利益な使い方をされるおそれがある。「自己情報コントロール権」は、どのような自己情報が集められているかを知り、不当に使われないよう関与することができることを、プライバシーの権利として認めるべきだという考え方だ。

「自己情報コントロール権」提唱の経緯

―自己情報コントロール権をお考えになられた背景・経緯はどういったところでしょうか。

佐藤幸治 京都大学名誉教授
佐藤幸治 京都大学名誉教授
佐藤氏 私が研究生活に入ったのは1962年ですが、当初から現代社会における人格の保全の問題に強い関心をもっていました。ナチズム―ファシズムといった全体主義がどういうものであったか、それは個人の「孤独」を許さない体制であり、集団的な発想と行動の中に個人がすり潰されていく社会ではなかったかと考え、自由で創造的な社会を維持していくためには、個人の自律的生を可能とするための生活環境、私的な生活空間を守っていくことが絶対に必要だと考えたわけです。当時まだ日本の将来に不透明なところがあったものですから、この課題に自分の研究生活をかけようとさえ思いつめていました。

 その頃、米国の影響もあって、日本でもプライバシーの問題が話題になりかけておりましたが、このプライバシーの問題こそ体制のあり方にかかわる根本的な問題ではないかと思ったわけです。
 そんなことを考えている中、1967年に米国留学の機会を与えられました。当時の米国は、社会のコンピュータ化が進行していた時期で、その陰画ともいうべき“Data Bank Society”や“Naked Society”が語られ出しておりました。学術的な著書・論文としてWestinのPrivacy and Freedomの本が出たのが1967年、FriedのPrivacyと題する論文が公にされたのが1968年、そしてプライバシー保護法の必要もいろいろなところで主張されておりました。

 このWestinやFriedが訴えようとしたこと、それは、個人が自由な存在として自己の自律的生を全うできるような情報環境を社会として意識的に作っていかなければならないということ、そのためには個人が自己についての情報をコントロールする権利をもっていると考えなければならないということ、でした。

 私は、当時の米国社会の状況をつぶさに観察しながら、WestinやFriedなどの主張に強い印象を受けて、1969年に帰国しました。日本も早晩米国社会が直面している状況に陥るに違いないと考え、中央公論1970年4月号に「プライヴァシーの擁護」と題する論文を、そして同じ年、京大法学部の機関誌である法学論叢に「プライヴァシーの権利(その公法的側面)の憲法論的考察」と題した論文を書き、プライバシーの権利をもって「自己情報コントロール権」と捉えて、それを確立する必要を訴えたわけです。

自己情報コントロール権提唱の経緯について語る佐藤氏
提唱当時にはまだプライバシーの考え方が社会に
出始めたばかりだった
自己情報コントロール権提唱の経緯について語る佐藤氏
提唱当時にはまだプライバシーの考え方が社会に出始めたばかりだった

提唱時の反応と環境の変化

―学説を提唱した当時の反応はいかがだったのでしょうか。

佐藤氏 中央公論の論文はおもしろい考え方だと新聞の論題時評に取り上げられ、また、学界でもそれなりに注目されましたが、総じて切迫した問題提起として受け止めてはもらえなかったように思います。

 この1970年は、実は行政管理庁(現総務省)を中心とする「行政事務処理に関する個人コード統一に関する研究」が開始された年でした。この研究は、「コンピュータ利用の際、データコード等の標準化を図ることにより、行政能率の向上と行政サービスの改善に役立てるものとして考え出された」といわれるものです。しかし、さすがにこの時は「国民総背番号制」であるとする批判的論議が起こりました。そして1973年に至り「費用対効果や運営技術などの面から統一化のメリットが必ずしも明らかではないうえ、世界の大勢と国民のコンセンサスの流れを見たうえで結論を得るべきである」として研究が中止されています。この経緯からも知られることですが、当時の官庁ではコンピュータ化がはらむプライバシーの問題、個人の自律的生への脅威といった問題意識はみられません。

 しかし、私の懸念を裏付けるかのように、個人のプライバシーを脅かす状況を垣間見せるような様々な事例を、新聞などを通じて国民が知ることになりました。例えば、全国の同和地区の所在地名を明記し、企業防衛のためと称して企業に売った部落地区名総監事件(1975年)、ダイレクトメール業者が近畿・四国で住民基本台帳を転写し、家族の氏名・年齢・職業・電話番号を記載した名簿を作成した宿毛市家族名簿販売事件(1981年)等々がそれです。
 こうした諸事件を新聞・テレビ等を通じて知るとともに、電話等を通じての日々の勧誘に伴う不安・不愉快さに随伴して、プライバシー、個人情報の扱い方についての関心が強くなってきた様に思います。営利のためか何か知らないけれども、個人に関する情報がかくも容易に収集され、利用され、伝播されてよいのかと。

―なるほど。社会構造や個人の生活環境の変化というものは、そもそもどういったことが挙げられるのでしょうか。

佐藤氏 米国でプライバシーの問題が提起されたきっかけは、イエロージャーナリズム*1 の登場でした。これにより私生活の不当な暴露に対する闘争武器としてプライバシーの権利が主張されるようになったわけです。日本では昭和30(1955)年代に入ってマスメディアの大きな発達を見、個人の私生活の暴露に世人の興味が注がれるようになり、それへの対抗武器としてプライバシーの権利が注目されるようになりました。

 第2に、管理化を強める現代国家の傾向・実態です。全体主義体制の問題については先に触れましたが、全体主義を拒否する国家も、国民の様々な要求に応じて実に多くのことをなすことを求めてられています。こういう国家を「積極国家」とか「福祉国家」といいますが、国民の生活事実に関する情報に実に貪欲です。

 第3に、社会のコンピュータ化です。従来の手書きの時代と違って、個人情報の収集・利用・伝播が飛躍的に容易になりました。個人情報が瞬時に全国にかけめぐる時代になりました。

 第4に、われわれの個人情報空間に、ヒトゲノム研究によってもたらされた「遺伝情報」という領域が誕生したということです。この「遺伝情報」、それと結びついた医療情報がわれわれの生のあり方に何をもたらすかは、これから注意深く見ていく必要がありますが、われわれが自律的存在として生きることとはどういうことなのか、そもそも人間とはどういう存在か、についての問いをつきつけていることは確かです。この「遺伝情報」をわれわれはどのように扱うべきなのでしょうか。

 こうした様々な次元の問題が、われわれに迫っていることが、多かれ少なかれ人々に意識されてきているということではないでしょうか。

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