デザイナー、アーティスト、そして個人として語る真実のコトバ:HH News & Reports:ハミングヘッズ

ITをもっと身近に。新しい形のネットメディア

- Home > コラム > インタビュー記事 > デザイナー、アーティスト、そして個人として語る真実のコトバ
 コラムトップページ
 インタビュー記事 ▼
 イベント・セミナーレポート ▼
公認会計士松澤大之
内部統制で変革すべき
は“個人の意識”
(動画あり)

スペシャルインタビュー:サイトウマコト デザイナー、アーティスト、ソシテ個人として語る真実の言葉

スペシャルインタビュー
サイトウマコト
「デザイナー、アーティスト、そして個人として語る真実のコトバ」

1980年代からグラフィックデザイナーとして、世界中で評価され数々の賞を総ナメに してきたサイトウマコト氏。 デザインだけにとどまらず、クリエイティブディレクション・アートディレクション・プロダクトデザインなどの分野においても幅広く活躍している。 また、ハミングヘッズのアートディレクターとしてCI(Corporate Identity)に関わっていただいている同氏に、デザインという枠を超えた社会に対するメッセージ、サイトウマコト個人として今思うことについて語っていただいた。


健全な企業活動のために

―健全な企業活動を行うことについてはいかがお考えですか。

サイトウマコト:健全な企業活動のために
サイトウ氏 企業がお金儲けをするというのは悪いことではないと思う。何か活動するためにはお金が必要なのは当たり前のことで、大事なのは儲け方。正しい儲け方をしていると、企業自体の体が健全化されると思う。健全化されれば、誰にも後ろ指を差されることなく、正しい方向で成長して世の中のために正しく還元することもできる。
 例えば、地方にある某企業について言えば、そこの経営者は、東京に比べ、地方であるがために、健全な考え方で生きている部分があると感じる。なぜならば東京はどこかしら人の気持ちを狂わせる地場を持っている。そこの企業は地方であるがゆえに縁故で社員を採用するらしい。言い換えれば、そこの社員のほとんどは入社試験に受かる実力がないとも言える。でもその人たちは入社後、真剣に集中できる研究に一生懸命取り組み、個人の特化した部分でのオンリーワンの仕事をする。それで個性が花開いてくる。そういう社員の個性を尊重するゆえ、社員の数だけ多様な才能のある一集団が形成される。私はそういう企業を素晴らしいと思う。それは一つのやり方かもしれないが、組織として何か考えさせるものを感じた。

―サイトウさんにとって個性とはどういうものだとお考えですか。

サイトウ氏 私もいい加減に生きてきた人間の部類に入るかもしれないが、真剣なときは本当に真剣。だから自分をごまかせない。それも個性の一つ。例えば、一億人の個性があるとする。その一億人の個性を最大限に生かすということが生まれてきた人間の使命だと思う。同じ個性の人間は世の中に絶対存在しないと思う。それぞれがそのことを認識し、それぞれの企業活動に参加することが、当たり前なんじゃないかな。他人がやっていることをいいなと思って自分の個性ではないのに、まねをしたって自分の個性が死んでいくだけ。しかもいいなと思った人の個性には負けて、自分の価値を少しずつ消していく。そういうことが身近な部分で結構あるように思える。間違いは自分で認識したときに初めて意味があるもの。「私はこれでいい」っていうのがいい。「ここでは私以上の価値は生まないよ」という、独断と偏見に満ちた、自分の自信みたいなものでいいんじゃないかな。

地球環境について

―地球環境についてご意見をお聞かせください。

サイトウ氏  市場に出回っているほとんどの工業製品は10年後にはゴミになる。だからこそデザイナーに限らず、生産者側は「ゴミを作っている」という意識を持たなければならない。ゴミになったとき最終的にどこに行くか、地球に還元されるのかを考えながらモノを作っていくことが求められているのは明らかだ。昔みたいに「ただ便利なモノ、都合のいいモノを作ればいい」というわけにはもういかないだろう。
 今この時間にも、モノの大量生産・大量消費が地球のどこかで行われている。それが延々と繰り返されている。地球環境がおかしくなるのは当然のことのように感じる。こういう行為の結果は、皆さんがご存知のように私たち自身にふりかかっている。そして私たち自身が責任を取ることになるだろう。

作る側の責任

サイトウマコト:作る側の責任
サイトウ氏  作る側、生産者側は、地球を考える責任がある。企業が「うちはエコをやっている」と主張する風潮が目立ってきているが、エコに頼りすぎる広告はあまり好きではない。エコを宣伝にしてはいけない。エコ広告にお金をかけるなら、開発費も含めて、もっとモノを自然回帰させる素材の研究費に費やすべきではないだろうか。いいことは黙ってやればいい。「私はこんなにいいことをやっています」と言っているのと同じなんじゃないかな。それはかっこわるい。いいことは黙ってやる。間違ったことは大声で反省すればいい。
 地球上の人間が毎日生活すれば、すごいゴミの量になる。それがどこでどうなっているのかと考えると恐ろしい。それも人間の歴史では、昔は化学製品、プラスチックなんてなかったわけだから。大昔の人類の歴史の中で生まれたモノはほとんどが自然に戻ったと思うけど、産業革命以降、人間は地球に戻らないモノばかり作ってきた。人間が楽になることばかりを考えて、楽になるモノばかりを作り、楽をしたら余った時間で楽しもうと思うけど、実はその余った時間でまた仕事をしている。だったら最初から少々不便な生活でも、地球と一緒にうまくサイクルを生きていたほうが、ましなんじゃないかとも思う。
 私は本を読まないし、テレビも見ない。見れば世の中がもっとわかるだろう。でもそんなことは勉強しなくたって理解できる部分もある。知識なんて関係なくて、単純にやっぱり人間は便利さばかりを追い求めることをどこかでやめないと世界は変わらないと思う。無理かな。

 



Next


お問い合わせ

  コラムトップページへ▲