国がなすべき情報セキュリティ
~新たなサイバー攻撃に備えて~
前内閣官房副長官補 西川徹矢氏
2012/1/26  1/3ページ

2011年はサイバー攻撃が日本を揺るがせた。国家としてはどのような対応をすれば被害を軽減することができるのだろうか。

 2011年8月まで内閣官房副長官補の安全保障・危機管理担当を務めた西川徹矢氏にお話を伺った。日本のIT政策を振り返りながら、これからあるべき国の情報セキュリティの姿勢を探る。

一歩リードしていた英国・米国のサイバー犯罪対策

―2011年はサイバー攻撃が注目を受けた年となりました。所感をお聞かせ下さい。

西川氏:2010年までは、大々的なものは日本では見られませんでした。総務省が行った調査では、日本のPCの感染率は世界で比較しても低く、日本人のセキュリティに対する意識は高いという結果も出ていました。


 しかし、2010年9月の尖閣諸島ビデオ流出問題から徐々にサイバー攻撃・情報漏洩などの問題が大きく取り上げられるようになり、2011年はご承知の通りの被害が出てしまいました。もう一度情報セキュリティを再検討しなければならないと思います。

前内閣官房副長官補 西川徹矢氏
前内閣官房副長官補 西川徹矢氏

―西川さんが警察庁の情報通信企画課長になられた1995年、このときのサイバー犯罪対策はどのようなものだったのでしょうか。

西川氏:この年にオウム事件がありましたが、私は和歌山県におり、東京で携わることはありませんでした。それ以前の1980年代、警察庁の中でのコンピュータ犯罪対策といえば、メインフレームを中心にした内部犯行に関するものでした。しかし1995年頃からWindows95の発売などでインターネット利用が増え、警察でも情報通信の対策を見直す中で、サイバー犯罪対策も盛り込まれることになったのです。


 1996年には、時代にマッチした対策にしようということで、私と部下の3名でそれぞれ海外視察を行いました。私はヨーロッパへ足を運んだのですが、一番進んでいたのは英国ですね。インターネットにアップロードされたわいせつなコラージュ写真を見せられまして、これは今から手を打たないと大変なことになる、と思いました。スコットランドヤード(ロンドン警視庁)の人間も「こんな写真を親が見たらどう思う?」と話していました。


 フランスなども回りましたが、当時のフランスはインターネットのインフラ自体が整っていませんでしたので、余り参考になりませんでしたね。オーストラリアと米国はサイバー犯罪に対する意識は高いものでした。こうした情報を帰国後に持ち寄り、予算要求を行って枠組みを作りました。このとき警察庁はまだホームページがありませんでしたし、メインフレームの時代でした。ですからプロジェクトチームを作り、UNIXを使える人材の育成などをしました。


―その後に新潟県警へ行かれましたが、ここでは何をされていたのでしょう。

西川氏:情報セキュリティは官公庁だけでやれるものではありません。私が海外視察に行った時にスコットランドヤードから「地元の住民とタッグになってやること」と言われました。新潟県警にいた頃はこの意識を持って、地域住民の方々を巻き込んで情報セキュリティを啓発していました。今でも地元の研究者や企業の方と集まって情報セキュリティのワークショップを行っています。

>>自衛隊のセキュリティは?

【関連カテゴリ】

情報セキュリティIT政策