Bookshelf ~今月の本

『検事失格』

検事失格_著:市川寛

著:市川寛
毎日新聞社

\1680/320ページ
発売日:2012年2月25日

2012/7/5

“冤罪”に至った事件の主任検事が明かす検察の捜査の拙さ


 著者は元検事で弁護士の市川寛氏。著者が検事時代に主任として担当した「佐賀市農協背任事件」をきっかけに、いかにして検事を辞めるに至ったかのいきさつが書かれている。

 著者は学生時代から被疑者ができるだけ早く社会復帰できるように決断できる「検事」になろうと決意していた。しかし「現実の検事の職務」という壁を前に、その決意はもろく崩れ去る。大阪地検に配属され上司との軋轢で疲弊した著者は、「目の前の苦痛から逃げられれば事件や被疑者はどうなろうとかまわない」という姿勢がしみ込んでしまい、当初抱いていた“理想の実践”からは遠ざかってしまっていた。

 そうした矢先に、著者が配属された佐賀地検で関わることになったのが「佐賀市農協背任事件」だ。佐賀地検の次席検事(当時)によって著者は“無理矢理”主任検事にさせられる。

 しかし主任となった同事件は証拠に乏しく、捜査のスケジュールに無理があるものだった。加えて組合長を逮捕し起訴することだけを考えていた次席検事が、著者に全ての捜査を押し付けるというずさんな進め方もあって、検察側にとって極めて不利な事件となった。著者は主任である責任を感じ、被疑者である農協組合長の取り調べ時に暴言を向けるなどして、何とか自白させようとするが…。

 本来、検事は被疑者を取り調べる前に、十分な捜査をとげ、証拠を見極めなければならない。しかし「佐賀市農協背任事件」においては、あまりにも証拠が不十分であるために、捜査段階で破たんをきたしてしまう。結果、被疑者の無罪判決となり、著者自身も被疑者への取り調べ時の暴言が大きく報道で取り上げられたことが社会的に問題視され、検事の仕事から身を引くことになる。

 同書は“冤罪”に至るまでの検事の行動や心理が生々しく描かれており、検察の捜査に対して問題提起を行う読み応えのあるノンフィクションに仕上がっている。著者が抱いていた検事像が、実際の現場ではもろくも崩れ去ってしまうところに「理想をもって働くことの難しさ」を実感することができる。また同事件について検察の捜査の拙さも細かく描写されており、固唾を飲んで読み進められる。

 物語の終盤で著者が農協組合長への謝辞を何度も述べており、テレビ番組の企画で組合長の家族に直接謝りに行くところから、事件の重さや著者の苦しみを推察することができる。そして冤罪専門の弁護士となるべく著者が再出発していることから、人間の可能性についても考えさせられる一冊である。

(山下雄太郎)